神に誓いし
「汝、高木渉は、佐藤美和子を妻とし、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも、死が二人を分かつまで、これを愛し続けると誓いますか?」
「・・・は、はい! 誓います!」
厳かな牧師の言葉に続く高木の誓いは、緊張のためか大きく上擦ったものになってしまい、けれどそれが彼の人となりを如実に物語っているようで、列席者は皆それを微笑ましく聞いた。
「・・・汝、佐藤美和子は高木渉を夫とし、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも、死が二人を分かつまで、これを愛し続けると誓いますか?」
「・・・はい。誓います」
対する新婦の誓約は、牧師の言葉の厳かさをそのまま写したかのように静かに、けれどはっきりとチャペルの中にしみわたった。
高木刑事はきっと、佐藤刑事に向かって誓ったんだろう。
対する佐藤刑事が誓った相手は、それこそ神様なのかもしれないし、もしかしたら天国にいる父親に向かってのことなのかもしれない。
どちらがいいとか悪いとかじゃなくて、それがとてもこの二人らしいと思った。
チャペルの一番後ろの席で、蘭は、神前の二人の後姿を潤んだ瞳で見つめていた。二人の門出の儀式に立ち会えたことを、とても嬉しく思いながら。
続く指輪の交換。牧師の説教。
パイプオルガンの澄んだ音色に乗せて、ゴスペル隊の賛美歌が流れる。
それを聞いているだけで、胸がいっぱいになっていた。
佐藤刑事は、今日からは高木刑事の奥さんになって、二人はこれから長い人生を歩んでいく。
今日という日はこの二人にとって、とてもとても大切な日で・・・
高木刑事の緊張した真剣な面持ちも、佐藤刑事の少し潤んだ静かな瞳も、この神聖な儀式をより厳かで深いものにしている。
父親のいない佐藤刑事とともにヴァージンロードを歩いた目暮警部が、娘を嫁に出すような寂しそうな表情を見せたことも、蘭の胸の奥を熱くした。
ゆっくりとしたメロディーが、なおもチャペルを満たしてゆく。
なんて、素敵なんだろう。
そして・・・なんて神聖で、大切で、重く深い儀式なんだろう・・・。
と、そのとき。
「・・・・・・使えよ」
なんだか不機嫌そうな声が隣から聞こえたかと思ったら、目の前にいきなり白いハンカチが差し出されていた。
「・・・・・・え?」
きょとんとそのハンカチを見て、それから自分の隣にいるはずの、新一の方に顔を向ける。
どこか憮然としたような、それでいて途方に暮れたような困った顔で、新一が蘭にハンカチを差し出していた。
どうして、ハンカチを・・・?
一瞬そう思ってから、ようやく蘭は、自分がさっきからずっと涙を流していたことに気づく。
胸がいっぱいになって、目頭が熱くなったところまでは自覚していたのだが、どうやらそのまま、ずっと泣いていたらしい。
「あ、ありがと」
まだ賛美歌が流れている中、邪魔にならないように小さな声でお礼を言ってから、蘭は新一のハンカチを受け取った。
新一はそのまま何も言わず、視線を神前の二人のほうへと戻す。
彼のさりげない優しさが嬉しくて、そしてこの厳かな空間に・・・たとえ主役の二人ではなかったとしても、新一と一緒にいられたことが、とても嬉しかった。
いつか、こんな素敵な結婚式を・・・・・・新一と、挙げることができたら・・・・・・。
自分の未来を高木と佐藤に重ね合わせ、そんな自分の想像にさらに胸がいっぱいになってしまい、蘭は新一のハンカチを目頭にぎゅっと押し付けた。
***
「・・・いつまで泣いてんだよ」
式が終わって、他の列席者がわらわらとチャペルの出口へと向かう中、蘭はまだ涙が止まらずに、泣き続けていた。
そんな蘭に付き添って、新一も一緒にチャペルの中に残ってくれた。
「・・・だ、だって・・・」
あまりにも素敵で。
いろんなものが溢れていて。
胸が熱くて、とまらなくなってしまったのだ。
最近では結婚式なんてただの儀式でしかない、などと軽視する風潮もあるようだけれど、神様と、そして家族や友人や大切な人たちに見守られ、夫婦としての誓いを立てる。互いに愛を誓い合う。・・・それはこれからの二人の人生にとって、とても大切な儀式だと思うのだ。
高木刑事にも佐藤刑事にも、これまでの人生があって・・・二人が知り合ってからも、きっといろんなことがあったと思う。
そうやって積み重ねてきた物の上に、二人は新たな誓いを立てた。
きっと二人は、今日のこの日を一生忘れないだろう。
そして式が終わったあと、友人達からのフラワーシャワーを浴びながらとてもとても幸福そうに笑っている二人の姿を、蘭もきっと、一生忘れないと思った。
「・・・いいなあ、佐藤刑事・・・」
好きな人と結婚して、こんな素敵な式を挙げて、そしてこれから、好きな人と一緒に生きていく。
これ以上に幸せなことなんて、今の蘭にはとても思いつかなかった。
だからしみじみと、そう呟いたのだ。
いつか自分も、佐藤刑事のように幸せになれたらいいなあ・・・と思いながら。
ところが新一は、そんな蘭の言葉に驚いたように目を見開いた。・・・そのまま絶句して何も言わずに蘭の泣き顔を目を見開いて見つめている。
「・・・なに?」
新一が何に驚いているのかわからず、きょとんと首をかしげる。
たっぷりと十秒ほどもそのまま固まっていた新一は、それからなんだかやるせなさそうな、どこか辛そうな表情を浮かべた顔を、ふい・・・と蘭から背けた。
「新一? どうかした?」
「・・・・・・オメーさ、もしかして・・・・・・」
「・・・え?」
「・・・・・・高木刑事のこと、好きだったのか・・・・・・?」
新一の言葉に、しばしの沈黙。
そして、
「はあ??」
突拍子もないその問いに、蘭はここが神様の前だということも、まだ周囲には式の列席者の人たちがいるということも頭から吹っ飛んで、かなり大きな声で問い返していた。
「・・・・・・違うのかよ」
「ごめん、意味がわかんないんだけど」
「だってオメー・・・式の間、ずっと泣いてたし・・・それにさっき、佐藤刑事が羨ましい、って・・・・・・」
自分で言っておきながら、その自分の言葉に傷ついたかのように、新一が辛そうに唇を歪める。
蘭はしばし、呆然と瞳を瞬かせた。
いったいどこをどう間違えたら、そんな考えに行き着くというのか。
蘭がこの厳かな雰囲気に浸って、感極まって泣いていたのを・・・・・・まさか新一が、そんな風に解釈していたとは。
「あ、あのねえ! わたしが泣いてたのは、すごくいい結婚式だったから、感動してたのよっ!」
その感動を、こうも簡単にぶち壊してくれるとは。
蘭の台詞にぽかんとした様子の新一に、身体の芯からがっくりと脱力させられる。
蘭は列席者用の長椅子に凭れて、はあ・・・と大きくため息をついた。
「・・・・・・感動して、泣いてたって?」
「そうよ。悪い?」
「あ、いや・・・・・・悪くねーけど・・・・・・そんなんで、あんなボロボロ泣くもんなのか?」
どうやら新一は、蘭があまりにいつまでも泣いていたため、「これは何かあるのでは・・・」と思ってしまったらしい。
「・・・・・・それに、じゃあ、なんで佐藤刑事が羨ましいだなんて・・・・・・」
そしてこの蘭の台詞が、決定打になっていたらしい。
「羨ましい、だなんて、言ってないわよ。いいなあ、って言っただけじゃない」
「同じことだろ?」
いつまでたっても誤解を解いてくれない新一に、蘭はつい、大きな声で反論していた。
「違うわよっ! わたしがいいなあって思ったのは、好きな人とこんな素敵な式を挙げた佐藤刑事を、同じ女として憧れたってこと! わたしもいつかあんな風に、新一と結婚式を挙げたいなあって思ってただけでしょっ!?」
まったく、まったく、まったくっ!!
蘭が感動した意味を、新一はまるでわかっちゃいない。
佐藤刑事に自分を重ねて、いつか新一と幸せになりたいと一人で盛り上がっていた自分が、情けなくなる。
「じゃ、高木刑事が好きだったとか、そういうことは・・・・・・」
「あるわけないでしょ!?」
蘭の即答に、新一の瞳が戸惑うように揺らめき、そして「・・・そ、か」と、ようやく安堵したように、ため息を吐き出した。
そんな新一の様子に、これまた深々とため息を吐き出す蘭だった。
まったく・・・せっかくの感動が、新一のおかげですっかりぶち壊しだ。
女の子がどんなに結婚式というものに憧れているか、綺麗な花嫁さんに憧れて自分を重ねているか、そんな女心なんて、まるでわかっちゃいないんだから。
「・・・・・・ところで、蘭」
心の中でぶつぶつと文句を言い続けていた蘭は、名前を呼ばれてちらりと顔を上げた。
視線の先の新一は、さっきまでの(ヘンな誤解による)辛そうな顔はひっこんで、かわりに伺うような視線を蘭に向けていた。
そして。
「・・・・・・さっきのは、プロポーズと受け取っていいのか?」
にっと口角をあげた新一の笑みに、蘭は何のことかわからずにぽかんとし・・・・・・そして、さきほど勢いにまかせて自分が口走ってしまったことを思い出した。
思い出した途端に、さっと顔が赤く染まるのが自分でもわかった。
「そ、そんなんじゃないわよっ!」
「なんで? オレと結婚したい、って意味だろ?」
「だ、だから・・・・・・それは、いつかそうなったらいいな、っていう、憧れっていうか、その・・・・・・」
尻すぼみに声が小さくなり、しまいに俯いてしまった蘭に、新一はそれを追いかけるようにして下から顔を覗き込んでくる。
・・・・・・さっきまで、ヘンな誤解してあんな顔してたくせに・・・・・・この豹変振りは、なんなんだろう。
「・・・いつか、オレと結婚したいって、そーゆー意味だよな? 違うのか?」
なおもしつこく確認してくる新一に、蘭は逃げるようにしてぷいっと視線をそむけた。
「・・・・・違わない、けど・・・・・」
消え入るように小さな声で答える。
新一はそんな蘭の手をぱっとつかむと、長椅子からすっくと立ち上がった。
「・・・・・・新一?」
引っ張られるようにして一緒に立ち上がった蘭に、新一は少し照れたような、けれど楽しそうな笑顔を向ける。
「じゃ、その『いつか』のために、リハーサルしとこーぜ」
「え?」
問い返した蘭には答えず、新一は蘭の手を引いたまま、通路に敷かれたままのヴァージンロードをずんずんと歩んでいく。
立ち止まったのは、祭壇の前。
ステンドグラスからの淡い光が、そこに厳かな空間を作り出していた。
後ろの席から見ていたのではわからない、ここに立って初めて感じる、神様の前にいるという神聖な空気・・・。
ついさきほどまで佐藤刑事が立っていたその場所に立ち、蘭の胸に再びあの感動が溢れ出てきた。
「・・・汝、毛利蘭は工藤新一を夫とし、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも、死が二人を分かつまで、これを愛し続けると誓いますか・・・?」
牧師の言葉をそのままに、新一の穏やかな声が問いかける。
きっとそれは、自分達にはまだまだ先の話だろうけれど。
神様の前ででも誓えるほど、新一が好きだから・・・。
「・・・はい、誓います」
小さく答えた蘭に、新一はこれ以上ないほど嬉しそうに微笑んだ。
「・・・蘭は、オレに訊いてくれねーの?」
「・・・え、えっと・・・・汝、工藤新一は、毛利蘭を・・・・・・・・つ、妻と、し・・・・」
請われるままに口にした言葉だったが、それ以上は恥ずかしくてとても言葉にできなかった。
「・・・病めるときも健やかなるときも、死が二人を分かつまで、蘭を愛し続けると、誓います」
続きを自分で言っておいて、新一はちょっと顔を蘭に近づける。
「神様の前だと、ちょっと緊張するな」
そんな柄にもないことを言ってから、ゆっくりと唇を寄せる。
静かに重ねられた口づけは、とてもとても神聖で、特別なキス。
〜Fin〜
従姉妹の結婚式を見に行って、なぜか泣きそうになったワタシ(^^;
そこから、蘭ちゃんあたりは誰かの結婚式に出席したら、感動して泣いちゃうだろうなあ・・・でもきっと新一には、蘭ちゃんがなんで泣いたか伝わらないんだろうなあ・・・などと考えてたら、またわけのわからない話を作ってしまいました。
もうちょっと話を膨らませてみてもおもしろいかも、とか思いつつも、最近の自分の集中力と力量とではこんなもんなんだよね〜〜