〜〜Zephyranthes〜〜
戻る
俺が絶世のアイドル、緒方理奈ちゃんと恋人になってから一年。
世間的には理奈ちゃんの引退劇やスキャンダル騒動も一段落し、俺達の周り
も落ち着いた時間が増え始めていた。
おかげで俺達は、同じ時を共有出来るようになりはじめていた。
ADとアイドルではなく、恋人同士の時間が。
思ったより早く世間が落ち着いて来たのは、理奈ちゃんの後継者的な存在…
由綺の人気が上がってきたからだろう。
世間は理奈ちゃんの代わりに、由綺をアイドルとしてみとめ始めたから……
多分そのおかげだろう。
そう考えると申し訳ないような、それで居て嬉しい様な気に成る。
由綺も、頑張っているんだな……と。
そんな由綺を見るたび、俺も負けてはいられないと思った。
精一杯生きて、理奈ちゃんと幸せになる。
多分それが、由綺に対して俺が見せられる事だと思うから……
だから、精一杯頑張ろうと思った。
そんな折り……理奈ちゃんが電話で、こんな事を言ってきた。
「一緒に……住まない……?」
と。
Winter of Destiny
「ふぅ……さて、そろそろはじめるか」
午後1時を過ぎたぐらいの昼。
俺の部屋。
俺は今引っ越しの準備をしている。
理由は、理奈ちゃんから貰った電話。
「そろそろ一年だしね。其れに……恋人同士っぽくて、良いでしょ?」
と、笑いながら言っていた。
電話越しの声は照れがいっぱいで、聞いてる俺か赤くなるくらいだった。
だが、其れ以外の理由も二つある。
一つは、理奈ちゃんが俺の家にくる事に問題が出始めた事だ。
幾ら恋人同士とはいえ、元アイドルが男の家に通うのは何かと問題が有り、
また兄の英二さんが心配しているからだそうだ。
一人で出歩くのは不用心ではないか? と。
俺にしても、近所の奇異とある種の憧れと怨嗟の視線は、慣れたとはいえ痛
い物が有るし、理奈ちゃんに何か有ったら目も当てられない。
そういう意味で、俺にも助かる提案だった。
もう一つは……学校の問題。
実は理奈ちゃんは、見事、今年の春から俺が通う大学の学生になるのだ。
以前。
「私も、冬弥君といっしょに大学生をやりたいなぁ……」
とは言っていたが、まさか本気だったとは思っていなかった。
だが、逢えない時間でこつこつ勉強をして、受験に備えていたらしい。
全く彼女の基礎学力の高さと瞬発力には驚くばかりだ。
そんな訳で、今の理奈ちゃんの家からでは学校に通うには不弁な為、交通の
便の良い場所に移ろうと思っていたらしい。
この二つを理由に、俺達は二人で住むマンションを一緒に決めて、引っ越す
事になったのだ。
其の為に先日、理奈ちゃんと二人で物件探しに行ってきた。
見付けた物件は、駅に程近く、またひっそりとした住宅街で、俺達が移り住
むにはなかなか良い場所だ。
間取りも、理奈ちゃんがとっても気に入っていたし、俺も悪く無いと思う場
所だった。値段も手ごろで、所謂穴場なのだ。ついている。
調度品は、各々の物を持ちよる事になり、足りない分を買い揃えることにな
った。
足りない物と言っても、新しい服やベッドだったのだが、買い出しに行った
先で、
「ベッドは……二人で寝れるのが良いよね?」
なんて言う物だから、全く参った……恥ずかしくて。
しかもデパートの家具売り場だったから、他の客には何事と写っただろう。
若い男女が揃って、しかもダブルベッドの前で真っ赤に……
……う……思い出すだけでも……
ま、まあそんなこんなで、いま俺は引越しの準備をしている。
大きな物は午前中にあらかた片付いたが、食器や衣類、小物などの細かい物
がまだまだだ。
それを今から片づけようと思っているのだが。
ピンポーン
……丁度誰かが来た。
タイミングの悪い。
「はいはい……今出ます」
なんとなくおざなりな返事をしてドアを開けようとしたら。
「藤井冬弥さんのお宅でしょうか?」
と、女性の声がドアの向こうから聞こえてきた。
その一言で誰が来たか分かり、思わず顔が弛んでしまう。
「くす……俺しか居ないってば。理奈ちゃん」
そう返しながらドアを開けると……言ったとうりの人物。
理奈ちゃんが、赤い顔をして立ってた。
「う……だ、だって他に誰か居たら困るでしょ?」
「俺しか居ないし、理奈ちゃん以外誰も来ないって、いつも言ってるのに」
「そうかもしれないけどっ、一応よ」
そういって、恥ずかしそうに視線を逸らす。
くす、強がってる。
まだアイドル時代の癖が抜けてないみたいだ。
可愛いな、こういう所も。
「っと……そういえば……どうして家に?」
「え? あっ、お手伝い」
「お手伝い?」
「うん、引越しの。私の方は済んじゃったから、冬弥君のね」
そういってウィンクを一つくれた。
「へぇ……早いね」
「くすっ、冬弥君が遅いのよ」
「う…………」
「くすっ、だからお手伝い。一緒にしたら早いでしょ?」
「うん有難う、助かるよ理奈ちゃん」
「どういたしまして。それじゃ、はじめましょうか」
そう、楽しそうに笑って理奈ちゃんが俺の部屋に入って行く。
正直、本当に助かる。其れに、嬉しい。
わざわざ俺の為に来てくれるなんて。
なんだかこういう事でも幸せを感じるよなぁ……
「冬弥君。早くしましょうよ」
っと、いけない、少しトリップしてたみたいだ。
「あ、うん。今行くよ」
生返事をして、俺も部屋に戻った。
「これはここで良い?」
「え? どれ?」
「このジャンパー。この箱で良いの?」
「あ、うん。それと、このお皿はそっちの青い箱にお願い」
「OK。ああ、そこの下着はそっちの赤の箱だからね」
「うん。分かってるよ」
「もう……女の子に下着を片付けさせるなんて」
「う……ごめん……」
「くすっ、謝らなくても良いのよ。その代わり、ちゃんと手を動かす」
「あ…うんっ」
雑多な荷物が散らばる、部屋の中。
其の中で手際良く物を片付けていく、俺達。
やはり一人より二人のほうが効率が良い。午前中とは大違いだ。
見る間に部屋の物がダンボールに収まっていく。
やっぱり、理奈ちゃんが来てくれて助かった。
「えっと…これまだ要る?」
「あ……その雑誌…良いや、捨てちゃって」
「あ、そうなの? なら私が貰おっと」
理奈ちゃんはくすっと笑って、その本を脇に避けた。
……ちゃっかりしてるな……結構。
っと手を動かすか。惚けてたらまた怒られる。
「ん……このコップ……」
「え? どうしたの?」
「……女物ね……」
「えっ!? そ、それはその……」
「……ん……文字が書いてある……『親愛なる冬弥君へ――由綺』」
「……うっ……」
し、しまった。
仕舞うの忘れてたっ。
「へぇ……由綺からのプレゼント、まだ持ってるんだぁ……ふぅん……」
「いや……その……思いでだから……」
「ふんだ。言い訳しないでっ」
「ああっ! 怒らないで、理奈ちゃんっ」
「ふんっ!」
「理奈ちゃぁ〜〜んっ!」
結局誤解(?)を解くのに30分を要した。
そんなこんなと色々有りながら荷造りを続け、CDラックを整理していたら。
カタン、コロコロ……
っと、ラックから何かのCDを落としてしまった。
やれやれ、蓋が開いてたみたいだ。
「ああ……傷つかなかっただろうな……あっ、これ……」
「ん? どうかしたの? 冬弥君」
俺のつぶやきに、理奈ちゃんが反応する。
「うん、これ……」
「え? なに……? って、あ…これ……」
「うん。理奈ちゃんの」
そのCDは『アイドル 緒方理奈』の最後の曲……
「SOUND OF DESTINY……」
理奈ちゃんが、ささやくようにその名を読んだ。
「うん……」
「くす……懐かしいなぁ……」
「まだ一年だよ? そんなにもたってないと思うけど」
「あら、この業界は出入りが激しいもの。新曲なんて二月も経てば旧作よ。一
年も前のこの曲なんて、もう過去の物」
「そうなの?」
「そうなのって……くすっ。ADのアルバイトをしてたとは思えない言葉ね」
「う…いや、それは……」
「ふふっ、冗談よ。そんなに焦らなくっても良いのに…可笑しい。くすくす」
笑われてしまった。しかもすごく楽しそうだ。
……そんなに笑わなくても。
「くす…それにね。今は由綺が頑張ってるから……」
「由綺……?」
不意に出たその名前に、俺は内心ドキッとした。
特にどうだという訳じゃないけど、彼女から由綺の名前が出ると気になって
しまう。
「うん……由綺がね、私の後を支えてくれているから」
そんな俺の心をよそに、理奈ちゃんは続ける。
「私のあと…アイドルとして頑張って、一杯新しい曲を出しているから。だか
ら、私の曲はもう過去の物よ」
言葉の意味だけ取れば、嫉妬のようにも聞こえる。
でも理奈ちゃんの顔は、可愛い後輩の頑張りを誉めているような……そんな、
やさしい笑顔だった。
未熟な後輩を励ますような……そんな優しい瞳だった。
その横顔を見ながら、俺は自然と口を開く。
「うん……そうだね……でも……」
「……でも?」
「俺にとっての一番は、この曲だよ」
「くす……ありがと、冬弥君。お世辞でも嬉しいかな」
「お世辞じゃないよ。本当さ」
「ふふ……うん。ありがとう」
年齢より子供っぽい笑顔を見せる理奈ちゃん。
う……もしかして気障だったかな?
「え…えっと……休憩がてらに、聞いてみる?」
「あ、それ良いね。聞こっ」
照れ隠し気味に言ったその言葉に、彼女も賛成してくれた。
ちょうど始めてから2時間を超えたぐらい、休憩には丁度良いだろう。
俺はコンポの周りを手短に片付け、二人が座れるぐらいのちょっとしたスペ
ースを作った。
そして、まだ片づけていない繋がったままのコンポに、そのCDを入れた。
ウィン…カチャ
軽い音を立てて、CDがコンポに飲みこまれていく。
そしてしばし……曲が始まった。