12 ――オーバーグラウンド/アンダーグラウンド――  空を飛ぶ鳥には、地に這う蟲の気持ちは分かるまい。  地を這う蟲には、空を飛ぶ鳥の気持ちは分かりえない。  世界が違えば、見えるものも違う。  見えるものが違えば、世界も違う。  しかし。  与えられた枠を飛びなせないものは。  何時までも同じ世界しか見えず。  何時までも同じモノしか見えない。  もし、自らの世界を変革させたいと望むのならば。  まず、飛び出さなければいけないのだ。  自身という枠の中から。  その外に向けて。  しかし、注意して欲しい。  自らの限界を超えた飛翔は。  ただの墜落にしかならないということを。  高い高い…30階は越えるであろう、周りより頭一つ高い、ビルの上。  林立するコンクリートの林を眼下に望む屋上を、虚空高く輝く月が煌々と照 らし出す。  あまりに明るすぎるその光は、夜であるのに、地面に色濃く影を残すほどだ った。  陽光とは異なる、どこか冷たい月明かりの中に浮かび上がるビルの林は、ど こかもの悲しさを感じさせる。  そこには人が息づき、今も幾人かいるであろうに。  しかし、生命的なものを感じさせない、冷たさが有った。 「――さて。今日もはじめるとしますか」  そんな、冷たい光景を望みながら。  白衣の少女が一言つぶやいた。  その姿は、和装の白衣と、洋装のスカート。  長い髪をツインテールに纏め、その根元を血のように赤いリボンで結んでい た。  そして腰には、紺色の帯紐と……白い鞘に入った短刀が異彩を放っていた。 「ここからならば、少しはましになるのでしょうかね」  吹きぬける風に髪を泳がせ、白衣とスカートを波打たせながら。  少女は手摺に寄りかかり、裸眼に月光を写しながら、街を眺める。  その瞳は街を写しているはずなのに、しかし、どこにも焦点が有っていない。  それどころか、感情らしきものすら感じない、虚ろなものだった。 「……貴方は一体、どこにいるのやら。今日もまた、励んでいるのでしょうか?」  恋うような言葉に対し、その言葉はにべも無く冷たい。  気にかけるような言葉であるのに、まるでどうでも良いという声色。  どこかちぐはぐな反応は、彼女の服装に通じるものが有った。 「まあ、励んでいただかないほうが、助かるのやも知れませんがね」  ゆるゆると街を見渡しながら、少女は手摺沿いをゆるゆると歩む。  眼下の街を観察しているようで、それでいて、ただ流し見る様でもある。  その姿は、傍目から見れば散歩をしているように気軽であり、また、意図を 感じないものであった。  もっとも、ビルの屋上を散歩するなど、奇特以外の何者でもなかったろうが。 「と、つぶやいたところでせんも有りませんか」  言いつつ、少女はひたりと足を止め、街の一角へと顔を向けた。  そして、虚ろな瞳をすっと細め、街の彼方を凝視する。  まるでそこに、何かを見つけたように。 「……そこですか。今日はまた、ずいぶんと遠いところで」  くるりと、その方向へと向いた少女は、静かにそちらへ歩を進める。  そして手摺まで行き着き、そっと手をかける。 「さて。今からでは間に合いそうも無いですが……それでも」  少女は、どこかけだるそうに呟きながら。  身軽な動作で、ひょいと手摺を乗り越えた。  屋上の縁、もう一歩踏み出すだけで、果てしなく落ちていくその端を。  しかし少女は危なげもなく覗き込む。  そして、 ふうと一息ついてから―― 「行かないわけには、いくますまい」  とんっ、と。  まるで階段を下りるかのように、自然に。  白衣とスカート、そして長い髪をなびかせながら。  ビルの屋上から、身を躍らせた。 「……って、おおぉぃ!」  そしてわたしは、夢に突っ込みを入れながら飛び起きたのであった。 「――あー。ええと、あれはどういう意味だったのかな」  朝方の夢を反芻しながら、わたしは校門付近までやってきていた。  今日は愛美とも恵美とも会わず、一人静かに登校できた。  もっとも、気分は前日、前々日とさほど変わらない。  何せ今朝も、面白かっこいい夢を見てしまったのだから。 「って言うか、あれは投身自殺なの? それとも何、新手のイリュージョン? だとしたら結末を見せて欲しかったのですけれども」  夢に突っ込みを入れながら、わたしは校門をくぐる。  というか、あの続きはおそらく想像に違わない結末になってただろうから、 それこそ見たくも無いわけでしたが。  2度も3度も臨終体験というのはごめんだ、本当に。 「あーもー。ほんと、いい加減にしてよねぇ。全く、ここ数日寝覚めの悪いっ たら……」  朝の夢がちらついて、気が収まる事がないわたしは、苛立ち紛れに足元の石 をけった。  石はころころっと転がり、ポチャン、と道路わきの溝に落ちる。  ふ、ざまあみろ……って、陰湿すぎやしないか。 「でも……あの夢の子って……誰かに似てるのよね」  気の収まったわたしは、そんなことをつぶやく。  ……でも、本当は。  『誰か』なんかじゃないことは、わたし自身が良く分かっている。  ここ数日の夢に見る、あの少女は―― 「――はっ。まさか、印象がぜんぜん違うし、服装だって別人じゃない。確か に背格好は似てるし、髪形も似てるけど……」  ぶつぶつと文句を垂れながら、玄関先までの校庭を歩いていると…… 「ねえ、あれ。彼女でしょ?」 「あ、ほんと。三月さんだわ……きゃ」 「……惜しいよな」 「ああ……まさか、なぁ……」  ……何やら、話し声が聞こえて来て、わたしは思考を中断された。  話し声というか、噂話というか。  なにやらひそひそという声がそこかしこから聞こえてくる。 「でもさ、彼女って本当にそうなの?」 「さぁ。愛美様はそっちのけがあるって聞いてたけど……」 「いやいや、だからともいえるじゃない」 「そうなのかぁ」  というか、遠巻きにわたしが観察されているようだった。 「……ん?」 『あっ……』  何事かと視線を向けると、話会っていた人々がいっせいに視線をそらし、雲 の子を散らすように校舎へと駆けていく。  はて、一体何なのだろうか。  今日は特段奇行も行ってないし、目立つこともしていないはずだが……  いや、いつもしてるって訳じゃないんだけどっ。 「なんだろ、なんだか気味が悪いわね……」  なんて呟きながら、わたしは教室へと向かう。  その間にも、ひそひそ話やら奇異な視線やらが、たびたび向けられ続けたの だった。 「を。三月だ。なんだ今日は結構早いな」  教室に着くと、クラスメイトの支倉くんがニヤニヤとした笑みを浮かべてい た。  いつも飄々としている奴だが、今日は輪をかけて楽しげだ。  顔に浮かんでいるその笑みは、ここにくるまで散々見てきたものと同質で…  ものすごく、気に食わない。  おかげで受け答えが少々乱暴になってしまった。 「なによ、支倉くん。その良い方じゃ、いつも遅刻間際に来てるみたいな言い 方じゃない」 「そんなつもりはねーけどさ。でも三月って、実際遅刻ぎりぎりは多いじゃな いか。することって、見ないけどさ」 「ふん。わたし1人だったらこんなものよ。遅れるのは愛美たちがいるときだ もの」 「さいですか……ま、そういうことにしておくさ」  けたけたと癪に障る笑い方をする支倉くんを尻目に、わたしはくるりと教室 を見回してみると……  いると思っていた2人がいない。 「……ところで、その神海姉妹は?」 「さぁ。まだ来てねーけども。あの2人が遅れるのは、いつものことだろう?」 「ふうん……ま、いっか」  などと話ながら、わたしは自分の机に向かおうとした。 「うおっ、はよ〜!」 「おはよぉ〜」  件の神海姉妹が、かなり騒々しくやってきた。 「おっと、うわさの奴らがやってきた。んじゃ、『がんばれ』よ〜」 「へっ? ちょっと、一体どういう……」  支倉くんの不可思議な一言を問いただすより早く、来たばかりの愛美と恵美 が、かばんを放り投げてわたしの元へとやってきた。 「やあやあ、蒼君。もう来てたのか」 「おはよ、蒼ちゃん。今日も良い天気だね」  愛美は底抜けに、恵美はいつも通りにニコニコとしている。  なんと言うか、ものすごく機嫌が良い様に見えるような。 「え、ええ。おはよう……なんだか、2人とも妙に機嫌が良いみたいね。どう したの?」 「ふふん。まあな。それより、反応のほどはどうだった?」 「……は?」  こちらの問いかけを無視して、愛美がうりうりとわたしを肘でつついてきた。  その口から飛び出た意味不明な単語に、わたしは馬鹿みたいな顔と、疑問符 を浮かべた。  そんなわたしに、愛美はやれやれという具合に首を振って見せた。 「は、じゃないってば。だから周りの反応はどうだったって聞いてるの」 「え? あぁ……そういえば、今日はやけに何だか注目されてたような」「  校門あたりからつい先ほどまでの道のりを思い出し、そんなことをつぶやく。 「って待て。愛美、まさかあんた、また何か仕込んだとでも?」 「ふ、人聞きの悪いことをいうなよ。別に『仕込んで』なんかいないぞう?」  ニヤニヤと、あからさまに何かを隠して言うというか、含んでいる笑顔で言 い放つ愛美。  その顔で、なにを仰るかな、この女。 「隠し事をすると、ためにならないわよ?」 「別に隠しては居ないさね。ただ、蒼が気づいてないだけ……というか、『貰 えなかった』だけだろう?」 「……何を?」  なにやら不穏なものを感じ、わたしは戦くように少し声のトーンが落ちる。  大体において。  愛美がこういう遠まわしな言い方をするときは、碌なことに『なっていない』。  そう、事はすでに完了済み、ということが―― 「愛美さん、正直に話して頂戴。貴方は一体何をしでかした後なのかしら?」 「ふ……だから言っているだろう? 『アタシは』何もしてないって……」  言いながら、愛美はわたしの目の前に、一枚の紙をかざした。  A3程度の、比較的大きなわら半紙。  それは、週に一度出回っている学校新聞と同じ書式で……。 「て、な、なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!!!」  次の瞬間。  わたしは今朝に数倍する勢いで叫んでいた。  そして、かざされた紙――学校新聞の号外を思わず奪い取り、そこに書かれ ている文字を凝視する。 『熱愛発覚! 偕成随一の問題児と、転校ホヤホヤの美人女子高生との熱愛!』 『情報提供者は語る。私は見たっ、告白の瞬間の総てを!』 『独占スクープ。当事者の知人が語る2人の素顔』  そこにはどこの三流女性雑誌かという、不埒極まりない文字とともに、わた しとさーやの昨日の写真や、パーソナルデータまでもが書き出されていた。 「ちょ、ちょっとっ、何よこのデマ記事はっ! 冗談じゃないわ!」 「やーすごい騒ぎになってるよなー、なあ恵美」 「うんうん。高等部だけじゃなくて、中等部や大学部でも話題になってるんだ って、すごいよねー」  あっけらかんと言い放つ愛美と恵美に混じって、クラスメイトの声が聞こえ てくる。 「あー。俺も今朝もらったぞ、校門で」 「って言うか、新聞部の奴らが朗読してなかったか?」 「うん、クラスメイトのことだと思うと、聞いてて恥ずかしかったわ……でも、 ちょっと」 「うん、ちょっと良いかなーって思ったり」  な、なんですとっ。  この破廉恥な内容を朗読っ!?  何処の馬鹿ですかっ!  いや、ここ(偕成)の馬鹿だけどっ! 「な、な、な。なんでそんなことに……」 「あっはっは。何でだろうなぁ。ホントに」 「ホントだねー、不思議だね〜」 「何をいけしゃあしゃあとっ。どうせこの知人てのは、あ、アンタ等でしょう がぁぁっ!!!」  思わず手にした学校新聞を引き裂きながら、わたしはまたぞろ叫んでいた。 「ああっ、こらっ、何するんだ蒼っ! それはゲラ刷りのレアモノだっていう のにっ!!」 「あぁ、せっかく新聞部の人がわざわざもって来てくれたのにぃ」 「だー、こんな破廉恥なものっ、貰うな持つな見るなっ! このこのこのこの っ!」  引き裂くだけに飽き足らず、わたしは床にたたきつけてげしげしと踏みつけ る。  そんなわたしの奇行を、クラスメイトは『またか』という風に遠巻きに眺め ていた。  なんかその態度も気に障るなぁ、もおぉっ!  などと、怒りをさらに床にぶつけていたら。 「おはようございます、皆さん……あの。一体どうしたのですか?」  その背後から、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。  そして、人垣を縫うように、小柄な少女が姿を現す。  その姿は昨日とは違って、わたしたちと同じ制服を身に着けていた。 「おっ、さーや、きたきた。おはよ〜、制服が届いたんだな」 「えっ、は、はい。ちょうど先日の午後に」 「おはよう、さーやちゃん。うん、西九条のも似合ってたけど、うちの制服も 似合ってるね、可愛いよ」  なんて、にこっと微笑みながらいう恵美の言葉に、さーやは少し頬を染めた。  そしてスカートのすそを気にしたりしながら、ぽそっと答えた。 「あ、ありがとうございます。と、ところで、この人だかりは。それに蒼、一 体何をしているのです?」  小首を傾げつつ、さーやは不思議げにわたしを見つめる。  まあ、不思議にも思うだろうね。  クラスメイトに囲まれて、引き裂いた新聞を足蹴にしてれば……ね。 「ああ、えっと。な、なんでもないよ。うん。気にしないで」  わたしはあわてて足元の紙くずをさっと拾って、近くに有ったゴミ箱に叩き つける。  ふう、証拠隠滅完了。  などという、あからさまに怪しいわたしの様子を、さーやは不思議そうに眺 めていた。 「はあ……ですがその、今しがた捨てた紙は」 「気にしないで、ねっ!」  何かを言いかけるさーやの手を握って、ぐっと顔を近づける。  そしてじっとその瞳を覗き込み、『お願いだから聞かないで』と目で訴える。 「は……はぃ、分かりました」  さーやはわたしの気迫に押されたのか、こくこくと頷いてくれた。  ……ただ、その頬が少し赤かったのが気になるような、ならないような。 「……あのな、三月。そういう行動が……いや、なんでもない」  クラスの男子の声が聞こえたような気がするけど、あえて無視する。  ともあれ、色々と深く突っ込んで欲しくないわたしは、強引に話題を変える 事にした。 「ん、まあそれよりも。さーやの制服、良く似合ってるね。本当に」 「そんなことはないと思います。さーやはスタイルもよく有りませんし、その、 胸元だってどこか収まりが……」  言いながら、さーやは所在なさげに、帽子や胸元へと手をやる。  ああ、たしかに。  ブレザータイプだった西九条と違って、うちのは変形のセーラーだからね、 何気にパーツも多いし。  初等部からずっといたわたしや愛美たちはともかく、着慣れてないと戸惑う かも。  言われてみれば、胸元のリボンとかのバランスが少し……  と、思っていたら、ひょいっと恵美がさーやの前に立った。 「ちっちっち。さーやちゃん、それは配置が問題なんだよ。んとね、もうちょ っとこう……」 「ひゃっ! め、恵美さん? 一体何を……」 「良いから良いから。この服って慣れないうちは着崩す子が多いんだよね…… さーやちゃんみたいな転入生とか、途中からの編入う組みとかさ」  なんて言いつつ、愛美はさーやの服をまさぐり始めた。 「あ、あのでも、恵美さんのお手を煩わせるわけには……」 「良いから良いから。趣味みたいなものだから。じゃあおとなしくしてね〜」  と、言うが早いか、恵美は手際よくさーやの服装を直し始めた。  少し上過ぎたリボンをまず解き、セーラーのカーラーを直す。  襟元をそろえたあとは、胸元のブローチの位置も調整し、アンダーシャツの 首周り襟元を少し上げる。  その後、はずしたリボンをそっとさーやの首に戻して、その位置をはじめよ り少し下気味に、リボンの輪が少し大きくなるように結び直し。  最後に、袖の返しを整えた後、ちょんちょんと引っ張って、左右の肩のバラ ンスを整えた。 「はい、かんりょう〜。どうかな?」 『おぉ』  さーやをコーディネートし終えた恵美の声に、わたしを含めたクラスメイト が感嘆の声を上げる。  ほんの少しいじくっただけで、ぜんぜん印象が違って見える。  そこには、昨日までの西九条のお嬢様はなく、偕成の制服に身を包んだ、明 るい印象の少女がいた。 「ふむ……さすがは恵美、たいしたコーディネートの仕方だ……しかし、何よ りも良いのは、素材だな。アタシじゃこうは栄えないわなぁ」 「ふっふー。まあね。やっぱりさーやちゃんは、こういう可愛い系が良く似合 うよ〜。思ってたとおりだねっ」 「そ、そんなことは、無いと思いますが」  2人の言葉に、さーやは照れたように肩を縮ませる。  しかし愛美たちが言うように、さーやの身を包む偕成の制服は、とても同じ ものには見えない。  もう少し化粧でもしたら、そのままアイドルとしてやっていけそうなくらい。  何でしょう、この敗北感は。  ものすごーく悲しくなってしまったのですが…… 「あの、蒼? どうしてそんな悲しい顔をするのですか? やはり似合ってい ないのでしょうか……」 「えっ? そ、そんなことないよ、すっごく似合ってて、可愛い」 「ですが……」 「いやね。その、神様に不公平を嘆いてただけだから、気にしないで……」  あんまり深く聞かれると、余計悲しくなるから……という言葉は飲み込む。  などと内心を満たす敗北感をごまかしていると、愛美と恵美がニヤニヤと笑 いながら、ひそひそ話をしていた。 「ふふん。しかし、これは良い傾向だな。話題性に事欠かない……コリャ盛り 上がるぞぉ」 「ふふ〜。本当だねぇ。私も腕の振るい甲斐があるよぉ」 「いや、そこな2人、何を不穏な会話をしているのかな? 朝方の新聞だけに 飽き足らんのか、おい」  片眉を上げて2人を睨みながら、わたしとさーやはとりあえず席に着く。  それをきっかけに、遠巻きにわたしたちを囲んでいたクラスメイトも散り散 りになって、愛美と恵美だけが残った。  その愛美が、ひょいと肩をすくめて見せる。 「だからさぁ。アタシも、それに恵美も。何もしてないって。能動的にはな」 「だよぉ。新聞だって、聞かれたから答えただけだもん。写真はほかの人が提 供したみたいだし」 「その言い方が引っかかるっていうのよ、まったく。わたしはもう慣れたけど、 さーやは昨日転校してきたばかりなんだから。厄介ごとに巻き込んじゃだめよ」 「分かってる、分かってるって」  『心配するな』とか言いながら、愛美はひらひらと手を振って見せる。  その態度のどこをどう、心配しないでおけるものやら。  などと、一言言ってやろうかと思ったとき。 「……しかし、なんだか蒼って、さーやの保護者みたいだな、その言い方じゃ」 「保護者って言うより、恋人さんのほうがそれに近くないかなぁ、愛美ちゃん」  目の前の姉妹は、とんでもないことを口走ってくれましたっ。 「――な、何を言ってるのよっ、まったく。友達なら当たり前でしょ? そ、 それを恋人だなんて」 「ま、愛美さん。いきなり何を言いだすのですか。そ、蒼とさーやは女性同士 ですよ?」  わたしとさーやは、あんまりといえばあんまりな恵美の言葉に、2人して取 り乱してしまう。  取り乱してしまうと余計その言葉を肯定しているようであれだが、かといっ て冷静でいられようもない。  むしろ変に流すと、余計に変なイメージで固定されかねないっ。  とか思っていると、愛美と恵美はわたしたちを見ながら、『にぃ』っと楽し げな笑みを浮かべて見せた。 「そうかぁ? 昨日今日出会った子に、そこまで親密になれるものかね?」 「うん。蒼ちゃんて、確かに面倒見はいいほうだけど、そこまですぐ打ち解け る方でもなかったと思うなぁ……」 「それにさーやも、友達がいなかったって割に、なんだか良く蒼になついてる しな」 「うんうん。これって、ただのお友達で、すむのぉ? もしかして、一目ぼれ でもしちゃった?」  にまにまとした笑みを浮かべながら、『ねえ、どうして?』なんて、愛美た ちは聞いてくる。 「い、いや、だから、その……」 「あっ、あう……さ、さーやは、その……」  問われるわたしたちは、うまく答えられずにどもってしまう。  っていうか、その問いにどう答えろというのですか、あんたたち。  そんなこと聞かれたら、わたしはもちろん、さーやだって困るだろうに。  一体、この2人はわたしたちを困らせて何が楽しいのか……  なんて思っていたら。 『キーンコーンカーンコーン』  と、聞きなれたチャイムが鳴り響いた。 「あっと、予鈴か。ちぇ、残念だが、このくらいで勘弁してやろう。じゃ、ま た後で〜」 「クスクス……じゃあ、授業がんばってね、蒼ちゃん、さーやちゃん」 「えっ? ああ、うん」 「あ……は、はい。お2人も」  いきなり会話を打ち切られてしまったわたしとさーやは、なんだか拍子抜け したような、助かったような気分になった。  そして、予鈴が鳴って数分と経たないうちに。 「オーッス、餓鬼ども、今日も元気かー、元気が無い奴は保健所行きだぞー。 もちろん嘘だが。そんなところに送ったら、僕が警察行きだな、はっはっは」  なんて、調子の良いんだか外れたのか分からない感じで昂河先生がやってき て、いつもの日常が始まってしまった。  ただ――そのおかげか、そのせいか。  朝方みた夢について、わたしは綺麗さっぱり忘れてしまっていた。  13 ――表と裏―― 「良いかっ、これは由々しき問題だ。我々が守るき深緑市で、これほどの事件 が公になったことは今だかつて無いっ! これで被害者は6人だ、良いか、尊 い命が6つも失われてるのだっ。しかも、犯人はまだのうのうと逃れている。 つまり、まだ被害者が出る可能性があるということだっ! 諸君、絶対にこれ 以上の被害者を出してはならんっ! 警察の威信を掛けて、必ずホシを挙げる のだ、良いなっ!」  厳格な顔をした中年男性の声を受け、会議室に集まっていた全員が『おうっ』 と怒号を上げる。  ここは深緑市の防犯の砦、深緑市警察署である。  同署本部の一室には、連続殺人犯の対策本部が設けられ、日夜捜査と情報収 集が行われている。  しかし、多くの警察官の努力もむなしく、昨日また被害が出てしまった。  多くの警察官が、自らの能力の限界に落胆しているのは確かである。  20数年前ならともかく、現在の深緑市は、公権力が活動しにくい現状があ るのだ。  2つの大企業のほぼ直接支配されているような形の同市では、本当に力を握 っているのは国などではなかった。  医療技術とロボット産業の雄、ふれあい。  電子技術と重工業の覇者、御堂グループ。  世界に名だたるこの2つの企業が、深緑市の真の支配者達である。  彼らは暗躍的に、あるいは公然と市政に介入し、その力は市議会や各種公共 機関を完全に掌握していた。  しかし、警察組織だけは、市の直轄ではなく国の直下にあるため、2つの企 業も表立っては手を出せない。  逆に言うと、警察もこの2つの企業の影響の及ぶところに、安易に関わるこ とが出来なかったのだ。  それゆえの、目に見えぬ多くの闇を抱える同市では、警察といえども踏み込 めない場所が数多くある。  しかし、警察が諦める、ということは出来ない。  たとえ手の出せない闇が横たわっていたとしても、彼らが諦めてしまえば、 深緑市は無法地帯と化してしまう。  それだけは、なんとしても避けなければならない。  もちろん、それは市を支配する2つの企業にとっても同じではあるのだが。  正常に街が運営されなければ、そこから利潤を得ることが出来ない。  特に、ふれあいにとっては本社所在地、荒れてしまっては自社が危うくなっ てしまう。  そして御堂にとっては、この地は会長生誕のお膝元、無法地帯などにしては、 名折れというものであった。  その利害の一致のため……2つの企業は、一時的にだが警察組織と手を組む ことにした。 「とにかく、現状では情報が少なすぎる。目撃情報の洗い出しに全力を傾ける ように。また、被害者の洗い出しも再度行ってくれ。何かの共通点があるやも 知れない。今までの見識は一度全部捨てて、新しい視点で事に当たるように。 また、ふれあいと御堂から、『この件に対して憂慮している』という連絡が来 た。そして一時的に、両社の直轄地域の一部に警察の立ち入りを認める、との ことだ。これで捜査範囲が幾分拡大できる。早速チームを編成する。ただし、 両社から釘も刺された。『必要以上のことを知るべからず』だそうだ。口惜し い話だが、注意してくれ」  もたらされた情報に、会場がざわめく。  警察組織を下手に見たその物言いに憤慨するもの。  あるいは、2企業の言動に驚くもの。  もちろん、捜査が進展するであろう事態に喜ぶものもいた。  中には、刺された釘を無視しようとするものもいる。 「皆落ち着け。今はあれこれ詮索している時間も惜しい。早速捜査を開始して くれ。1班と3班は沙羅町側を、2班と4班は虹野町を当たってくれ。5班と 6班は編成をしなおす。その後、同チームはふれあい・御堂から立ち入り許可 の得られた市域の捜査について専任で対応に当たってもらう。特に虹野町側は、 昨日の事件を中心に洗ってくれ、良いなっ!」  本部長の一言に、会議室に集まった刑事達がばらばらと散り始めた。  その中の1人が、本部長に呼び止められた。  先ほどのざわめきの中、忠告を無視して動こうとしていた、若い刑事の1人 だ。  この春に深緑市警察署に赴任してきたばかりの、若手の刑事だった。 「ああ、夏目君。君には1つ頼まれて欲しいことがある」 「はいっ、何でしょうか本部長」 「うむ。実は君には元の班から外れて、単独で当たって欲しいことがある」 「はっ。単独行動でありまか?」 「ああ……若い君が適任だと思ってね。君には先日の事件の、第一発見者とそ の周囲を専任で調べて欲しい」 「第一発見者といいますと、例の偕成学園の生徒ですね。しかし彼女はシロと 判断されたのではありませんでしたか?」  夏目と呼ばれた刑事は、自分の手帳をぱらぱらとめくる。  それを眺めながら、本部長は軽くため息をついた。 「その通りだ。もとより、彼女が事件に関係しているとはあまり思えない。し かし、念には念をだ。何より、今回の被害者も偕成学園、そして彼女も偕成学 園。偶然かもしれないが、何らかの因果を疑っても良いだろう。なにぶん情報 がなさ過ぎるしな」 「分かりましたっ。彼女を締め上げて必ず吐かせますので、ご安心をっ」 「いやいや、違う違う。良いかね、あの学園はふれあいの管轄下だというのは、 君も知っているだろう? 一応『市立』となってはいるが、資本のほぼ総てが あの企業なのは知れた事実だ。そして、かの学園内への捜査は、本来許されて いないのだ、口惜しいがね」 「くっ……またふれあいですか。あの悪の組織めがっ!」  怨嗟すらこめた声で、夏目刑事が吐き捨てた。  とても一般企業に対する評価とは思えない言葉であり、同時に警察官が発す る言葉としては、適切では無い。  そう感じたのであろう、本部長は夏目警部をたしなめた。 「気持ちは分かるが、口に出して言うものでは無いよ。確かに、この深緑市は 御堂とふれあいに直接支配されている隷属都市だ。しかし、彼らも守るべき一 般市民の一部であることに変わりはない……向こうは守られている気は無かろ うがね」 「しかし本部長、自分はっ!」 「言いたい事は分かる……しかしだ、今は目の前の事件に対処するほうが先だ。 こうやっている間も、また新しい被害者への魔の手が伸びている。その魔の手 に掛かるのが、あるいは例の彼女かもしれないのだ」 「はっ……その通りでありますね」  本部長の忠告に、夏目警部は身なりをただし、気持ちを切り替えた。 「だからこそ、君には彼女に当たってほしい。良いかね? これは逮捕ではな い、事情聴取でもない。話を聞くのもあくまで任意だ。それを忘れないように 彼女へのアプローチも最小でお願いする。あくまで見守る程度だ。良いかね? これは命令だ」 「了解しました、身命をとして、任務に当たらせていただきますっ」 「……ふう、君のその熱血具合が気になるが……とにかく、細心の注意を払う ように。早速当たってくれたまえ。ああついでに。あの学園で流行りつつある という例の噂も、聞いてみてくれ。浸透具合を知っておきたいのでね」 「はっ! 分かりました、では行ってまいります」  さっと敬礼をして、夏目警部は会議室を後にした。  その後姿を見守りつつ、本部長は思いため息をついた。 「何事も、無ければ良いがな――」  13 ――学生の仕事――  は、勉強である、とはよく言われる。  でも実際のところ、それは仕事ではなく義務なのではなかろーか。  まあ、どっちもやらされているのには変わりないのだが……さてはて。 「あ〜、しかし。昼休みの前の4限目に体育ってのは、憂鬱よね……」 「まーなぁ。腹が減って力が出ないっての……」  そんなこんなの授業前。  黄緑のジャージの上下に身を包んだわたしと、体操服にハーフパンツ姿の愛 美は、揃って愚痴をこぼす。  空は綺麗に晴れ渡り、ところどころ白い雲がのん気に浮かんでる、見事な五 月晴れだ。  ちなみに、だが。  偕成学園の体育服は、成立したときから女子の体操着はハーフパンツかジャ ージであり、学年と学部により色とデザインに少し差があるものの、全学部統 一である。  一部の方々には残念でした。 「けど、天気が悪いより良いんじゃない? 風もほとんどないし」 「確かに雨や曇りに比べれば、少しはマシだが……ふぁぁ、代わりに眠くなっ ちまうよ」  生あくびをかみ殺しつつ、愛美がう〜んと背伸びをした。  その拍子に、愛美の胸がプルリと揺れよった。  畜生、大きさは負けるが、形なら……  なんて、少し恨みがましく眺めていると、愛美がぼそりと呟いた。 「あー……いっそサボろっか。どうせ次は休み時間だしさぁ」 「あんたねぇ。そんなこと許されるわけないでしょ? 何を言ってるのよ」 「そこはそれ、虎穴にいらずんば虎児を得ず、というか……」 「アンタには、転ばぬ先の杖って言う言葉を捧げるわ……諦めなさい」 「ちぇ〜。あ〜ぁ、だるいなぁ〜……」  『やってらんね〜』とかぼやきつつ、愛美は天を仰ぐ。  まあ気分は分からなくもないのだけれどね。  実際のところ、ちらほらと増えてきた他のクラスメートも似たような顔をし ていたりする。  特に男子の一部が、本気でサボろうと目を光らせてる様子だった。  ただ、中には元気に準備運動をしている女子や、じゃれ合いながらグランド を駆け回っている男子もいる。  人のことは言えないが、まだ中学部気分が抜けてないあたりが子供っぽいも のだ。 「に、してもさ。寒くないの? 愛美。半袖にハーフパンツだなんて」 「それを言うなら、こっちは暑苦しいってんだ。5月半ばだってのにジャージ の上下って、どんな寒がりだよ」  お互いにお互いの姿をけなし合う、わたしを愛美。  とは言うものの、実際回りに集まっている他の面々も、姿はまちまちだ。  女子の中にはわたしと同じくジャージの上下の子や、愛美と同じく半袖にハ ーフパンツの子もいるし、上だけ半袖の子もいる。 「ふーんだ。寒いものは仕方ないでしょ? 寒がりなんだし」 「15の若者とは思えない発言だなぁ……子供は風の子って言うだろぉ?」 「うわ、なにその死語。いまどき使わないわよ、そんな表現」 「ほっとけ。どうせババ臭いさ。しかし、遅いなぁ、恵美とさーや」  言われて気づけば、確かにそろそろ授業が始まってしまう。  このままでは、遅れてしまうのではないか…… 「お待たせ〜。ごめんね、ちょっと遅れちゃった。更衣室が込んでて」  などと思ってたら、上だけジャージを羽織った恵美が、少々おぼつかない足 取りでやってきた。  走るたびにつんのめりそうになり、そのたびに愛美とほぼ同じサイズの胸が 揺れている……くそう。  トップサイズが3センチしか違わないのに、何でカップが2回りも違うんだ。 「おー、恵美、やっと来たか、だからさっさと行くぞって誘ったのに。んで、 さーやのほうは?」 「うん、もうすぐ……あ、来た来た、さーやちゃん、こっち〜」  その仕草につられて、恵美が手を振るほうを見ると…… 「は、はあ、恵美さん、待ってください……ふぅ……」  学園指定の体操服に身を包んださーやが、息を切らしながらやってきた。  その姿を、わたしも愛美も、しばし凝視してしまった。 「――おおぅ、恵美、これって貴方の仕込み?」 「……ほお。これはまた。やるな、さすがは恵美、良い仕事だ」 「ふふ、どぉ、さーやちゃん体育服仕様〜。可愛いでしょ?」  対する恵美はえっへんと胸を張りながら、さーやの肩を後ろから押して、わ たしたち2人の前に押し出す。 「めっ、恵美さん。そんな押さなくっても……それにこの髪型は?」 「え、だってツインテールのままじゃ、運動の邪魔でしょ?」 「それは否定できませんが……その。この髪形は初めてで、落ち着かないので すけれども」 「大丈夫、凄く似合ってて可愛いから」 「そのような問題では……うう」  わたしと愛美に見つめられ、恵美にそんなことを言われたさーやは、恥ずか しそうにもじもじしてしまった。  服装自体は、愛美と同じ半袖にハーフパンツ。  でも、その髪形が普段の彼女とはまるで違っていた。  普段はツインテールな髪の毛を、今はシニョンで包んだお団子にしてある。  シニョンをくるむリボンも青色で、晴れやかな5月の雰囲気に合っていた。  たったそれだけの変化だが、まるで別人のような印象を受けてしまう。 「しかし。さーやってば何を着ても似合うなぁ。なんか悔しいぞ」 「あはは、私も〜。何で同じ体操服なのに、さーやちゃんのほうが可愛く見え るのかなー」 「えっ? あの……そんなことは。起伏のないさーやより、お2人のほうがス タイルも宜しくって、魅力的かと……」  困った様にメガネに手をやりつつ、2人の視線から逃れるように身を縮める。  そのしぐさも、妙に様になって見える。  なんと言うか、高校生と思ってみるとNGっぽいが、さーやの容姿がゆえに OKみたいな。  ただ、その胸元だけはなんというか、同情を禁じえない。  わたしに同情されると、おそらく怒るだろうから口には出さないけど。 「うむ……その小さい四肢と、白い肌。ちょっとぶかっとした上着。そしてニ ーソックスとハーフパンツの間に出来た隙間から見える太もも……とどめに、 白いシニョンで包まれた、お団子か……」  『完璧だな、畜生』とか言う愛美の声が、わたしの耳に届く。  何が完璧なのだ、何が。  可愛いのは認めるけどさ。 「うん、なんかすごく可愛い、可愛いよ、さーやちゃんっ! 可愛すぎるから こうしちゃうっ!」 「ひゃっ、め、恵美さんっ、あの、抱きつかれると……く、苦しいですぅ」  感極まったのか、恵美は頭2つは低いさーやをぎゅっと抱きしめてしまう。  ああ、また恵美の抱き癖がでおった…… 「ってこらこら。恵美、アンタ何してるのよ。公衆の面前で破廉恥よ?」  やれやれという具合に、むぎゅっとさーやを抱きしめる恵美を引き剥がしに 掛かる。  そのまま放って置くと、さーやが窒息してしまいそうだ。  とか思ってると、恵美は笑いながらさーやを離した。  そして代わりとばかりに、今度はわたしに抱きついてきた。 「もー、ちょっとしたスキンシップなのに。だからそんなに怒らない。ほら、 良い子イイコ〜」 「わわっ! わたしにまで抱きつかなくて良いっ、そして撫でるなぁっ!」  むぎゅーっと、推定Dカップな恵美の脂肪塊に顔を埋めつつ、わたしはもが もがと身じろぎする。  あーもー、柔らかいなっ、嫌がらせかっ、それとも辱めか、くそ〜! 「なーにバカやってんだよ、お前ら……男子がヤヴァイ目で見てるぞ……キシ ャ〜!」  愛美の威嚇音と共に、遠巻きにわたし達を眺めてた男子(や一部女子)がク モの子を散らすように逃げ去った。  助かったよーな、助かってないよーな……複雑。 「はいはい、何を騒いでるのかしら。女子の皆、集まってー。そろそろ授業を 始めるわよー」  バカ騒ぎが収まったちょうどそのとき、バインダーを片手に持った、体育教 師の城下先生がやってきた。  昨年大学を出たばかりという若い先生で、短く切った髪の毛が印象的な人だ。 「おっと、先生だ。ほら行くぞ、3人とも。いつまでもじゃれてないで……お 姉ちゃんは1人ほっとかれて寂しいぞ」 「何がお姉ちゃんだか……まったく」  わたしは悪態をつきつつも、愛美の後を追って、グランドの隅へと移動した。  授業前の点呼も終わり、みんなが城下先生の前に整列する。  それを見届けた城下先生は、『うん』と一つうなずいて口を開いた。 「それでは授業を始めます。今日から新しい人が入りますので、分からないこ とは教えてあげてください。佐々木さんも、遠慮なく聞いてね」 『はーい』  先生の言葉に、一同元気に声を上げる。  ちなみに、男子は学園外周へとマラソンに行ってしまい、広いグランドは女 子だけで占領できるらしい。 「では今日は、前にも言っておいたように体力測定を行いたいと思います。指 定の用紙を配りますので、各自測定記録をメモしていくように。効率を上げる ために、3・4人で組を作ってね。また、測定係は各自持ち回りで行うように。 良いですか〜?」  再び『はーい』と答えながら、わたし達は各自、先生の用意した用紙を受け 取っていく。 「では解散。器具の取り扱いと怪我には注意してね」  という城下先生の声を受け、わたしたちはグランドのあちこちに用意された 器具へと散っていく。  その中で、わたしとさーや、神海姉妹は一緒に回ろうということになって、 頭をつき合わせて用紙を眺めていた。 「えー、今日は徒競走とか、ハンドボール投げとかをやるんだっけか?」 「みたいね。何からしようか……さーやは、何からやりたい?」 「えっ? はぁ……いきなり問われましても困りますが」  わたしの問いかけに、さーやは『うーん』と少し眉を寄せながら用紙を眺め る。  しばし用紙とにらめっこをしたさーやは、やがてこくんと頷いた。 「では、50m走などはいかがでしょう。これを最初にし、持久走を最後にし たほうが、体力を効率的に使えると思いますが」 「ふむ……そうだな。蒼はどう思う?」 「わたしも異論はないわよ。けれども、その話し方について問いただしたい、 OK? 愛美君、君はわたしの訴えをまったく聞いてないようだが……」 「知らんがな。さっさと行くぞ〜」 「何度言ったら分かるんだこいつは〜!」  わたしの抗議を無視して、愛美はさっさと50m走の所へと向かい始めた。  そこにはいく人かの女子がすでに居て、めいめい準備運動をしたりしている。  その中に混じって、わたしたちは軽く足首を回したりし始めた。 「確かに、こー言う奴は最初にやっとかないとねぇ。体力落ちてからじゃ、良 い成績がでねー」 「でもさー愛美。それを言ったら体力測定の各種目、一日ごとにやらなきゃい けないんじゃないの?」 「それはそれ、これはこれ。さてと、2人一組らしいが……誰がまず行く?」 「えっと……わたしはさーやちゃんが良いな。2人とも速すぎるから、自信な くすよぉ。さーやちゃんも、それで良い?」 「さーやも異論はないです。まずはお2人の腕前を拝見しますね」  さーやは言って、にこりと笑う。  むう、確かに少し自信は有るけど、そんなに威張れるほどでもないのだが。  ただ、愛美とガチ勝負、というのはありがたい事だったりする。 「と、言うことらしい。久々に争おうではないか、蒼君」 「ほほう……良い覚悟だわね、愛美君。昨年の敗北、よもや忘れたわけではあ るまいね?」  互いにニヤリと笑みをこぼしつつ、視線で火花を散らす。  そして十分に足や膝をほぐしてから、助走ラインにつくわたしと愛美。  変わりに、さーやがスタート係を、恵美は計測係をすることとなった。 「それでは、参ります。お2人とも準備は宜しいですか?」 「おっけー!」 「いつでも良いぜ、さーや」  さーやの掛け声に従い、2人揃ってクラウチングスタートの体勢をとり、足 元のスターターに足をかける。  50m向こうのゴールでは、恵美は大きく手を振ってオッケーの意を示して いた。 「それでは。ゲットセット。レディー……」  さーやの掛け声と共に、持った旗が大きく振り上げられる。  それに合わせて、わたしと愛美は腰を掲げて、軽く前のめりになるように身 体をスタート待機位置に動かす。  愛美との間に緊張感が走り、思わず頬に一筋の汗が伝った。 「ゴー!」  さーやの掛け声と共に旗が振り下ろされ、その瞬間、わたしと愛美はスター ターを強く蹴って、走り出した。 「〜〜〜〜〜っ!」 「く、ぬぅぅ〜!」  スタートダッシュは全くの同時、わたしたちは横にぴったりと並んでいた。  残り40m。  このままでは勝負がつかないと、地面を踏み砕かんばかりに足に力を込めて、 腕よ千切れよとばかりに振って走る。  残り30m。  その甲斐あってか、ほんの少しわたしのほうが前に出た。  残り30m。  すると愛美は、負けるものかと歯を食いしばり、その距離を縮めてきた。  残り20m。  だがほんの少し、わたしの方が速い、これを維持できればっ。  残り10m。  でも愛美も盛り返した……これはまったく互角っ?  残り5……3……2……1……! 『うりゃぁ〜っ!』 「……ゴールっ!」  胸を突き出すようにゴールラインを切る愛美とわたし。  そしてそれと同時に、両手に持ったストップウォッチを押す恵美。  数メートル駆け抜けて、すぐさまわたし達はゴール付近にとって返した。 「はっ、はっ……どっちが勝ったっ! 恵美っ!」 「は、早く教えなさいっ!」 「わわっ、ちょ、ちょとっとまってぇっ! そんなにゆすったら……あわわ」  2人係で恵美の肩を持って、がくがくゆする。 「さっさと教えろぉっ!」 「ほら、早く早くはやくっ!」 「だ、だからまってぇぇ〜きゃぁぁっ!?」  がくがくがいつしかぐるぐるになり、ついでに恵美の目も回り始めた。  なんだか恵美の足取りがおぼつかなくなってきたが、それは知ったことでは ない。  とか暴れてたら、スタート位置にいたさーやがててっと駆け寄ってき手、あ わててわたしと愛美をたしなめ始めた。 「そっ、蒼、愛美さん、落ち着いてください。恵美さんが結果を言えません」 「むう……さーやの言うことも、もっともね」 「仕方ないな。ほれ、恵美、さっさとはけ」  さーやの言い分に従い、わたし達は恵美の肩から手を離す。  すると恵美は目をぐるぐるさせながら、へなへなっと地面に座り込んでしま った。  ……う、いまさらだけど、やりすぎたか? 「あわわわ……せ、世界はまわりゅぅ〜」 「あぁ……恵美さん、しっかりしてください。もう、蒼も愛美さんも、やりす ぎです」 『うっ、ご、ごめんなさい』 「は、はううう……ら、らいりょうふらよぉ。さーやひゃん」  なんだか大丈夫じゃない口調で言う恵美を見て、さすがにちょっと反省して しまう。  そんなこっちの気持ちを知らずに、恵美は手にしたストップウォッチに視線 を落とす。 「え、ええと……蒼ちゃんが7秒05で……愛美ちゃんが……6秒95。愛美 ちゃんの勝ちだね」 「うおっしやぁ〜〜! 2年ぶりの雪辱達成っ! しかも夢の6秒台達成っ!」 「うそ〜〜!? 何で、そんなわけないわっ! わたしの勝ちでしょっ!?」 「うう、でも愛美ちゃんのほうが早かったしぃ……ゴールに入るの」 「何でよっ、肩はほとんど並んでたはずよっ! なのにどうしてっ!」  恵美に食って掛かると、彼女は言いにくそうに視線を愛美へと送る。  その視線の先は……ぴょんぴょん跳ねる愛美の、ある一部分にターゲットさ れていた。  跳ねるたびに、あわせて跳ねる、小憎らしい何かに。 「……くあっ〜〜! 愛美、わたしはあんたに負けたんじゃないわっ、その脂 肪に負けたのよっ!」 「はっはーん? 聞こえませんなぁ、勝ちは勝ち。脚でも、胸でもっ!」 「うああ〜〜〜!!」  身も心もずたずたにされた感じだ、畜生っ!  胸なんて嫌いだぁっ!  などと、膝を突いて天を仰いでると、恵美は申し訳なさげに肩を叩いてくる。  そして、そっとストップウォッチを差し出してきた。 「あはは……ええと、じゃあ、次、私とさーやちゃんをお願いできる?」 「うう……らじゃぁ……」 「んじゃま、アタシが計測係をするから、蒼はスタートな。ほれ、行ってきな」 「って、何で勝手に決めるのよっ」 「勝利者特権、見たいな? 去年は逆だったろぉ?」 「くぅ……この恨み晴らさずおくべきか……」  一方的な命令に、しかし逆らう気力を失ったわたしは、恵美とさーやととも に、スタート地点に向かう。  その最中、恵美がわたしの肩をぽんぽんとたたいてきた。 「まあまあ、蒼ちゃん。そんなに気を落とさないで。ほかの競技で挽回したら 良いじゃない。ね?」 「うう……だよね。次の競技で奴をぎゃふんと言わせれば良いんだよねっ」 「うんうん。その勢いだよっ、蒼ちゃん」 「あの、恵美さん、蒼。これは体力測定であって、体育祭ではないのですが…」  などというさーやのまっとうな意見は、結局わたしの耳には届いていません でした。  などと話しているうちに、わたしたちはスタート地点に着いた。  そこではちょうど、わたしの次の組がスタートを終えたところだった。  なのでわたしは、スタート役の子から旗を受け取ることにした。 「やっほ。次に恵美達が走るから、旗かして」 「あっ、おかえりー。どお、蒼。今年は勝ったの、負けたの?」 「さっきの騒ぎを聞いてたんでしょ。今年は負け。残念ながらね」 「ちぇ。今年も蒼の勝ちだと思ってたのに……あーあ。食券10枚かぁ」 「って人を賭けの対象にすなっ」 「あははっ。じゃあ、これ」 「ったくぅ……」  わたしは悪態をつきつつ、スタート用の旗を受け取った。  その間にさーやと恵美は、おいっちにーと屈伸をしたり、靴の様子を見たり していた。 「実は、さーやは走るのが苦手なのですが……恵美さんは?」 「私もー。どっちかって言うと運動全般が、何だけどね」 「あはは。さーやもです。ともあれ、恵美さん。準備のほうは?」 「ん、オッケー。じゃあ蒼ちゃん、愛美ちゃんに合図をして」 「りょーかーい。愛美ー、行くよー?」  旗を大きく振って愛美に確認すると、愛美は両手で大きな丸を作った。  それを確認したわたしは、こほんとひとつ咳をする。 「では2人とも、準備は良い?」  わたしの問いかけに、2人はそろってうなずいて見せた。  そして足をスターターにかけて、腰を下ろした。  それを見届けてから、わたしは斜め下方向へと旗を向ける。 「では、位置についてー。用意……」  わたしは声に合わせて、持った旗を高々と掲げる。  それと同時に、恵美とさーやは軽く腰を浮かせ、待機姿勢をとる。  一瞬の支持の後…… 「ドンッ!」  という掛け声と共に、勢い良く旗を振り下ろし、それとまったく同時にさー やたちは駆け出した―― 「あわわっ!」  様に見えたが、恵美は一瞬立ち遅れてから走り出した。 「なにやってんだか……頑張れ〜2人とも〜」  と、見送ってみるが……さーやは、思ったよりすばやく駆けていく。  苦手という割りに、そこそこ速い。  躍動的な速さというよりすばしっこい感じ。  わたしや愛美の走りが肉食動物のそれとしたら、さーやのは草食動物っぽい、 静かさと素早さを感じさせる。  恵美は……まあ、亀?  とか思ってるうちに、さーやはひゅ〜っと走り抜けて…… 「ゴールっ、さーやの勝ちぃ……で、恵美は今ゴールっと」  さーやより3秒は遅れてゴールする恵美。  さて、わたしも行って見ますか。 「ふむふむ……さーやの記録は、8秒50? まずまずだね。で恵美は……1 4秒75。相変わらずだなぁ」 「はっ、はっ、はぁ……あ、有難うございます」 「はう、ハウ、はうう……ま、愛美ちゃんたちが凄いんだよぉ。女子の平均、 いくつか知ってるの?」 「んー? 7秒くらい?」  すっとぼけて言う愛美。  いやまあ、わたしも女子の平均がいくつかって知らないんだけど。  するとさーやが、すかさずフォローを入れた。 「おおよそ9秒台が、女子の平均らしいですね……確か」 「へえ、その位なんだ。じゃあ恵美は結局、女子の平均より遅いじゃないか」 「う〜〜〜……酷いよ、愛美ちゃ〜ん」  目に涙を浮かべて抗議する恵美。  でもあなたの運動音痴っぷりは、今に始まった事では無いでしょうに。 「まーまー、お疲れ様、さーや、恵美。さーやって結構足が速いんだねー、意 外だったわ」 「ええ……まあ、50mだけなら。持久力はてんで駄目なのですけれどもね」  くすっと、小さな笑みで答えるさーや。  うん、頬に輝く汗が良い感じに可愛いです。  とか思ってると。 「あっ……つっ!」 「えっ、さーや、どうかした?」  さーやは急に、右の足首を押さえてうずくまってしまった。 「あっいえ、少し脚が……くっ」 「えっちょ、さーや、大丈夫っ?」 「なんだ? どれどれ……ありゃ、捻ってるな……もしかして、無茶した?」 「え、いえ……ただ少し準備運動が足りなかったよう、ですね……んっ!」 「まずいね。さーや、靴を脱いで? ほら早く」 「あっ、ま、愛美さん、そんな、大丈夫で……つっ!」  愛美に様子を見られながら、少し顔をしかめるさーや。  見てみると少し、いや、かなり足首が腫れてきているような気もする……  むう、こりゃまずい……と思っているうちに、愛美は真剣な顔をして、すく っと立ち上がった。 「こんなに腫れて……ちょっと待ってな。先生のところに行って、保健室に連 れて行くって伝えてくる」 「えっ、愛美さん、これくらいは大したこと……」 「だめだっ! 無理したら歩けなくなるかもしれないんだよ?」 「いくらなんでもそれは大げさでは……」  さーやは困ったように抗弁するが、愛美はそれを一蹴した。 「うんや。変な癖がつくとまずい。おとなしく保健室に行って来な。じゃあ、 行ってくるから」 「あっ……」  言うが早いか、愛美はたたっと駆け出して城下先生のところに行ってしまう。  そして先生に向かって一言二言話すと、先生のほうも心配そうにうなずいて いた。 「さーや。愛美は運動部だし、怪我の怖さを良く知ってる、だから言うことを 聞いたほうが良いよ」 「だよぉ。こんなに腫れてるのに、無理しちゃだめだよ、さーやちゃん」 「むう……分かりました」  わたしと恵美にも言われたさーやは、観念したように腰を下ろす。  とはいえ、担架もないのにさーやをどうやって連れて行こうか。  下手に動かすわけにもいかないし……と、3人で悩んでいると。  『お待たせ』と、愛美が戻ってきた。  そしてすぐさま、こんなことを言った。 「んじゃあ。蒼、アンタがさーやをおぶってけ」 『……え?』  愛美の一言に、思わずわたしとさーやは声を揃えて疑問符を浮かべてしまっ た。 「え、じゃないって。先生には『三月さんが佐々木さんを連れて行くので』っ て説明してきたから。だからつれてけ」  びしっと指まで指して、『つれてけ』って、おいおい。 「いや、まあ、つれてく分には良いけど……強制なの? しかもおぶれって」 「担架持ってくるのも大仰だろ、でも、歩かせれないんだから。仕方ないじゃん」 「確かにそれは良いかもしれないけど……」 「じゃあ決定、おぶれ。何ならお姫様抱っこでも良いぞ?」  ニヤニヤと笑みを浮かべながら、愛美はそんなことを言う。 「ちょっ、何よその代替案はっ。一体何を考えてるの?」 「別に? さーやに足を使わせずに運ぶにゃ、それが一番じゃないかと思った だけだが」 「ま、間違ってはないでしょうけど……」  でもなんでわたしなのか……と言いかけたとき。 「友達だろぉ? だったら、そのくらいの面倒、見て当然だよな?」 「うぐ……」  釘を刺すように、愛美がニヤニヤとそんなことを言ってきた。  ……くそう、これで断れば、わたしは極悪人ではないか。  まあ、断る気もなかったけど。 「ふう、了解。じゃあその……さーや、ごめんなさいだけど、背中に乗ってく れる? さーやは軽そうだけど、さすがに抱えるのは無理っぽいから」  言いながら、わたしはさーやに向けて背中を見せ、しゃがみこむ。  そんなわたしに、さーやはあわてて声を上げた。 「あっい、いえ、でも、その……蒼にご迷惑をかけるわけには……」 「遠慮しなくて良いってば。蒼なんか馬車馬のように働かせれば良いんだ。そ れに学級委員長命令だ、逆らえまい?」 「えーい、誰だこんな馬鹿に権力持たせたのはっ……まあそれは良いとして。 さーや、ホントに遠慮しなくて良いよ。それに、早く手当てしないと、痛いで しょう?」 「で、でも……」 「もう、さーやちゃんてば、シャイなんだから……ほら。蒼ちゃんが良いって 言ってるんだから、ね?」 「あっ、恵美さ……んっ!」  恵美に押されるようにして、さーやがわたしの背中に乗っかる。  慎ましい胸の感触が背中にふにっと当たり、柔らかい太ももがわたしの腕に 吸い付く。  それを確かめたわたしは、さーやをしっかりとおぶさりなおして、よいしょ っと立ち上がった。 「ひゃっそ、蒼、大丈夫ですかっ?」 「……むう。いや、予想よりずっと軽い。これならホントにお姫様抱っこでき たかも。さーや、ちゃんと食べてるの?」 「うう……今はそんな場合では……」  見た目よりずっと軽いさーやの重さに、わたしは思わず心配してしまった。  まるで小学生を背負っているように、小柄で華奢で、軽かった。  背中から伝わってくるはかなさに、なんだか母性本能が刺激されるようです らある。 「はいはい、世間話は道中でしてなって。それじゃ、行ってらっしゃ〜い」 「行ってらっしゃい、さーやちゃん。蒼ちゃん、しっかりね」 「へ〜い、いってきまーす」 「は、はい……行ってまいります」  2人の声に恥ずかしげに答えるさーやをおぶって、わたしは校舎のほうへと 歩きはじめた。  そのため。 「やーしかし。妙に似合ってる、あの2人」 「くす。ほんとだねぇ、お似合いだね、さーやちゃんと蒼ちゃん」  などと、2人が話し合っていることなど、わたしには聞こえるはずもなかった。  14 ――ホイール・オブ・フォーチュン――  失敗を繰り返し、成功にいたる。  それは物事の本質を見極める、ごく基本的な行動原理だとおもう。  失敗を恐れては成功にたどり着けず、真理にも到達出来やしない。  もっとも、僕の求めるものは真理なんていう大仰なものではない。  ただ単に、『知りたい』というそれだけの衝動が、僕を突き動かす。  我ながら、最近の僕は充実していると思う。  すこし前までの、空虚な感じは徐々に失せてきている。  ああ、何でこんな単純な事を、今の今まで知らなかったのだろうか。  自分の思うさま、思う通りに行動する。  その開放感たるや、筆舌し難い物を感じてやまない。  逆に言えば、それだけ僕は束縛されていた、という事なのだろうか。  空っぽだった僕は、徐々に満たされている。  僕の中を占めていた祖父や母は消え去り、僕自身の欲求で満ちてきている。  僕はやっと、僕自身へと成長を遂げることが出来そうだった。  自分と他人の壁の曖昧さが緩み、僕は僕として、人との係わり合いが出来る ようになって来た。  でも、まだだ。  僕はまだ完全じゃ無い。  僕はまだ、僕の望んでいる僕にはたどり着いていない。  もっともっと、努力を重ね、繰り返さなければならない。  僕の中をいっぱいに満たすにはまだ――足りない。 「ふあぁぁ……あー、ねむ……にしても暇だ……」  生あくびをかみ締めつつ、古書店の店主はつぶやく。  今日も今日とて客はなく、ではどうやって生計を立てているのかと、疑問に 思うほど経営状態だった。  実際、この店は往来の客で収入を得ているわけではなかった。  それは、多くの専門書を取り扱う古書店全般に言えることではあるのだが―― 『ジリリリリッ、ジリリリリッ』  そのとき、静かだった店内に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。  音の出所は、一昔どころか、二昔は前の型の黒いダイヤル式電話だった。  所々についた傷がかの黒い電話がかなりの年月を生き延びたことを示し、喧 しくなるベルがまだ現役であることを告げていた。 「ん? 電話か……はいはい、今出ますよー」  かなりの年代物な電話を手に取りつつ、店主が受話器に耳を傾けた。 「もしもし、東西古書店ですが……ああ、毎度どうも――はい? ああ。また 古書が溜まってきましたか。はいはい……ふむ、いくらになるかなぁ、拝見さ せてもらわないと何とも」  電話越しの人物と会話をしつつ、店主はさらさらとメモを取り始めた。  彼の収入源の多くは、これにあった。  旧家の倉庫、あるいは街や学校の図書館などから出る本を検分し買い取り、 それを入用な人物へと通す。  また、他の書店が欲しいと尋ねてきた本を渡し、あるいは探し出して送るこ とで代価を得る。  それも1冊2冊ではなく、大量にやり取りすることで、大きな収入を得る。  多くの古書店でやり取りされているシステムであったが、とりわけ、彼の店 には他の店には無い、かなりの稀少本が多く集まっていた。  彼の眼識が優れているのか、それとも人脈が広いのか……それは定かでは無 いが。 「ああ、そうですか……はあ、300冊? そりゃまた大量な……はい、一度 そちらにお伺いして、拝見させていただきます。日取りは……ええ、それで結 構です、うちはどうせ暇ですから、ははは」  あまり笑えないことを、他人事で言う店主。  電話口の人物は、苦笑いしていることだろう。 「うん? はあ……本を仕入れて欲しい、どんなものでしょうか……ふむ。そ れならストックがあったような……っと、ああ、はい、ありますね。えっと、 何冊? ……ちょうど在るな。ああ、分かりました。では伺うときにもって行 きますので。はい、ではよろしく、毎度どうも〜」  『ガチャン』という重々しい音ともに、店主は受話器を下ろす。  そしてメモした内容を再検分し始めた。 「やれやれ、また大量に買い込むことになったなぁ。でもま、いいか。久方ぶ りにあの図書館を覗けるんだし。あそこって結構レア物多いんだよね〜」  ぺらぺらと、店主の指先でもてあそばれるメモ用紙。  その一番先頭には、こんな文字が書かれていた。  深緑市立、偕成学園様―― 「さてな、これって偶然なのか、なぁ?」  15 ――心の切れ端――  玄関で靴を換えた後、わたしはさーやをおぶったまま、保健室へと向かって いた。  さすがにちょっと重く感じ始めたが、それでもまだまだ苦ではない。  それどころか、さーやの重さがどこか心地よく、もうちょっとおぶってても 良いかなーなどと考えてしまったりする。  ただまあ、教室の前を通るたびに、幾人かの視線を感じるのだけはちょっと あれだったが。  などと思いながら歩く道中、さーやはしきりにわたしのことを気にしていた。 「あ、あの、蒼。大丈夫です、1人でも歩けますから」 「駄目だよ、捻挫は歩いたら悪化するでしょ?」 「ま、まだ捻挫と決まったわけでは……少し捻ったくらいですし」 「駄目駄目、そんなに腫れてるのに。それに、さーやってば、保健室の場所し ってるの?」 「……むう」  わたしの問いかけに、さーやは小さく唸って黙り込んでしまう。 「ほら。もし1人で行って、探してる間に悪化したら大変でしょ?」 「し、しかし。蒼が授業を受けられなくなります」 「いいのいいの。学級委員長様の命令だし、何より友達を助けるのは当たり前 、でしょ?」 「……もう、蒼は強引な方なのですね、1つ分かりました」  ふうと、あきれたようにさーやはため息をついた。  その様子はなんだか子供っぽくて凄く可愛い……でも、怒らせちゃったかな?  それが気になって、ついつい、ストレートに聞いてしまう。 「……怒った?」 「……いいえ。ただ、強引だと思っただけです」 「……ごめん。でも、さーやの事、ホントに心配だから」 「……クス、分かってます……蒼、迷惑をかけてすみません」  背中にこつんと、固い感触が当たった。  たぶんさーやがお辞儀をしたんだろう。  それにジンと来て、わたしはついつい軽口を叩いてしまう。 「いえいえ。お姫様をお運びできて光栄ですわ」 「……蒼、それは芝居がかりすぎです」  言いつつ、さーやは首にまわして居た手を離し、軽くわたしの頬をつねって くる。 「あうっ、もー、酷いよ〜」 「嘘おっしゃい、軽く撫でた程度ですのに」 「あはは、ごめんごめん……さ、ついたっと」  なんてじゃれ合っているうちに、目的の保健室までたどり着いた。 「しつれいしまーす。急患でーす」  なんて声をかけながら、わたしは『高等部保健室』と書かれたドアを、がら がらっと開ける。  その瞬間、むっとした薬品の匂いが鼻をくすぐった。  開けられたドアの向こうは20畳ほどの広さで、壁面に向かって3つのベッ ドが並び、その間を仕切るはずのカーテンは、今は開いていた。  そして窓際のほうには机と、雑多な薬品やら本棚やらが置いてあったが、ど うも人影は無い。 「んうー、薬臭い……保健室は苦手だなぁ……せんせー、先生はいますかー?」  と、呼びかけてみるが、やっぱり応答は無い。 「お留守のようですね……」 「うん……困ったなぁ。とりあえずベッドに降ろすね」 「あ、はい」  いつまでも背負ったまま、というわけにも行かず、わたしは開いてるベッド の上にさーやを降ろす。  そして思わず、こきこきと肩を鳴らしてしまった。 「はふー。軽いといっても、流石に女の子1人って言うのは……」 「重かった、ですか?」 「えっ? あ、あははまさか。すごく軽くって、ちゃんと食べてるのか心配し たほどだよ」 「本当でしょうか……」 「本当だって。なんならもっかいおぶって、校内一周でもしてみせる?」 「もう、それはやりすぎです」 「ふふっ」  軽口を叩き会いながら、わたしたちは微笑み会う。  とはいえ、何時までも話してるわけにも行かないか。 「にしても、先生はどこに行ったのかなぁ。早く手当てしてもらわないと…… とりあえず、靴下を脱がしてあげるね」 「えっ、い、いえ。自分で出来……つっ!」  あわてたさーやが自分で脱ごうとするが、痛みのせいか、顔をしかめてしま った。 「ほらほら、怪我人は無理しないの。じゃあ、少しだけ我慢してね」 「う……は、はい……くっ」  出来るだけ慎重に、わたしはさーやのニーソックスを脱がしていく。  すべっとしたさーやの肌から、何の抵抗もなく靴下が脱げて行く。  そして、腫れたところをひときわ慎重に抜けて……さーやの片足が素に晒さ れた。 「ふう。痛くなかった? 大丈夫?」 「……ええ、ありがとうございます。ただ、少し……熱い感じがします」  靴下を脱いで少し楽になったのか、さーやはほっと息をついた。  何のかんのと言って、結構無理していたみたいだ。  見てみると……少しどころではなく、結構腫れてる。  むう、まずいなこれ。 「炎症しちゃってるのかな。うーん、氷とかが在れば良いんだけど」  何かないものかとあっちやこっちを色々探す……が、見つからない。  仕方ない、タオルでも濡らして……と思っていたそのとき。 「おや、どうしたのかな、こんなところで。まだ授業中のはずだけど」 「うわっ!!」  急に声をかけられて、わたしは思わず飛び上がってしまった。  慌てて振り返ると、そこには白衣を着込んだ若い男の人が立っていた。  どことなくひょろっとしてるけど、温和で人懐っこそうな顔と、少し眺めの 髪の毛をオールバックにしてる、大体20代後半くらいの人だ。  その、(おそらくは)保険の先生は、わたしの声を聞いて驚いた顔を見せて た。 「わっと……お、大きな声だねぇ。どうしたんだい?」 「えっ、ああの、すみません、開いてたもので、ついっ!」  急な出来事に、わたしは思わずぺこぺこと頭を下げてしまう。  そんなわたしの態度に、先生は戸惑った笑顔を見せた。 「ええと……まあ、落ち着いて。別にとがめてる訳じゃないよ。それで一体、 どうしたのかな? 怪我人か何か?」 「あっ、は、はい。友達が体育の授業中に怪我をして……」  悪戯を見咎められたような気がして、ついつい萎縮してしまう。  そのわたしの視線を追って、先生がベッドのほうを見やり……さーやに気づ く。  対するさーやも、じっと先生のほうを観察するように眺めていた。  はて、なんだか緊張しているようにも見えるんだけど……  そんなさーやの視線に気づいているのかいないのか。  先生はゆったりとした動作でさーやの前までやってきた。 「ふむ? こっちの子か。どれどれ……」  先生はさーやに近づくとしゃがみ込み、赤く腫上がった足を調べ始める。  その様子を間近で見ようと、わたしもさーやのそばまで近寄った。 「様子見るから触るけど……良いかな?」 「――は、はい」  どことなく警戒した声で、さーやが言う。  見ると少し震えているような…… 「ん……と、痛みはある?」 「はい、少し……つっ」  さーやの様子を伺いながら、先生は足首やらを撫で回す。  先生の手が這い回るたびに、さーやはびくっと身を震わせていた。 「ずいぶんと腫れちゃってるね……捻挫症だな、これは。でも筋は痛めてはな さそうだし……とりあえず、アイシングしよう」  さーやから手を離した先生は、薬箱を開いて、冷却スプレーとシップを出し てきた。  そしてさーやの足首にまずスプレーを噴射し、アイシングをし始めた。 「ッ……」 「冷たいかい? でも少し我慢して。まずは冷やしたほうがいいから」 「は、い……」  先生は2秒ほどスプレーで冷やした後に、幹部にシップを宛がって、上から 包帯を器用に巻いていく。  おお、さすが、手馴れてるなぁ。  なんて思っているうちに、さーやの右足は包帯でしっかり固定されてしまっ た。 「これでよし。家に帰ったらシップをはがして、もしまだ腫れてたら、このシ ップを張ると良い。そんなに酷くもなさそうだから、明日には腫れは引いてる と思うよ。ただ、今日はお風呂を控えて、しばらくは運動も控えたほうが良い かもね」 「は、はい……ありがとうございます」  先生が離れると、さーやはほっとしたように息をついた。  入れ替わりにわたしがさーやのそばに座ると……きゅっと、手をつかまれた。  それにちょっと驚きつつも、わたしは先生にお礼を言った。 「あ、あの、ありがとうございました。えっと……」  そこまで言って、わたしは相手が誰知らなかったことに気づく。  さてどうしたものか、と思案していたら、どうも先生のほうが先に察したら しかった。 「ああ……なるほど、初めて会うのかな。僕はこの春から高等部の保健室を任 されることになった、望月(もちづき)創太(そうた)って言うんだ。君達は、 どこのクラスの子かな」 「ええと……わたしは、1年D組の、三月蒼って言います」 「同じくD組の、佐々木沙綵と申します」 「佐々木君に三月君、か……三月君? あぁ、『あの』三月君か、へえ……」  先生はなにやら1人で納得し、わたしをじっと見つめてきた。  うう、何があのだか知らないけれど、少しこう、気がめいるなぁ。  まあ、うわさに事欠かない人生送ってるから、有る意味仕方ないんだけど。  と、少し顔をしかめてたら、望月先生は目ざとくそれを察したようだった。 「ああ、ごめん、初対面なのに配慮が足りなかった。職員会議でよく名前を聞 いてたので、つい。すまなかった」 「あー。いえ、良いです、慣れてますので……」  我ながら、慣れてしまうのもどうかと思ったり思わなかったり。  なんて考えていると、望月先生はあごに手を当てながら少し思案顔をした。 「ふむ……君のほうも、ケアが必要かな?」 「え?」 「ああ……これでも僕、カウンセラーもやってるからね、心の相談にも乗って るんだ。僕でよかったら、話を聞くけど」  『どうかな』と言いつつ、先生はわたしに視線を送ってくる。  はあ、急に言われてもぴんとこないのだが…… 「アア。ごめん、また言葉が足りてなかったね。別に今すぐってわけじゃない んだけれども。ただ、何か悩み事を抱えているように見えたので、ね」  にこり、と先生は何かを見透かしたような笑みを見せた。  ……うう、確かに、ここ最近夢見が悪くて精神的に参ってはいるのだが……  そんなわたしの内面を察したのか『ああ、またやった。配慮が足りないなあ、 僕は』と、頭をかいて見せた。 「ごめんね。こんなことを言うつもりはなかったんだが。とにかく、気が向い たらおいで。放課後はいつも居るから。カウンセリングのときは専用の個室も 有るから、安心して良いよ。もちろんは秘密厳守だし」 「は、はあ。気が向いたらお邪魔します」 「うん。佐々木君も……確か、先日転校してきたばかりだったかな。何か悩み 事が有ったら、いつでも来なさい。まあ、僕も新米だから、偉そうなことはい えないけれど」  あははと、どこか子供っぽい笑顔で答える先生。 「あっいえ、そんなことはっ。何かあったらぜひ伺いますのでっ」 「良い返事だ、でもそんなに意気込むことは無い。気軽な世間話でも受け付け てるから、いつでもおいで」 「はい。分かりました」 「そのときは、お世話になります」  わたしとさーやは、そろって望月先生に頭を下げる。  それを見て、望月先生は『うん』と1つ頷いて、イスから立ち上がった。 「ん、よろしい。じゃ、僕はまた用事があるから留守にするけど……授業が終 わるまでは、ベッドを使ってて良いよ。三月君もお付き添いしてたいだろうし ……邪魔者は撤収」  くすっと意地悪く微笑みながら、望月先生が言う。  いやいや先生、それはどういう意味ですか? 「意地悪ですね、先生ってば。一体どういうつもりですか?」 「あはは、一言多かったかな。まあごゆっくり、それに、お大事にね」 「あ――はい、手当てしていただき、有難うございました。望月先生」  ねぎらいの言葉をかける望月先生に、さーやはぺこりと頭を下げた。  それに合わせて、わたしも頭を下げる。 「あっとと。ありがとうございました、先生」 「いやいや……では、お大事に」  最後にぺこりとお辞儀を返して、望月先生は出て行った。  そして、保健室にはわたしとさーやが残された。 「……ふう、とりあえず、手当てしてもらってよかったね、さーや」 「え、ええ――本当に助かりました」 「うん、それに優しげな人だったね。新任だって言うけど、なんか慣れてたし」 「――ええ」  何気ない話題をさーやに振っていたら……なんだか違和感を感じた。  はてな、と思ってわたしは思わずさーやに問いかける。 「さーや? なんだか変だよ? まだ足が痛む?」 「いえ、その、ほっとしてしまって……」 「……ほっと?」 「あ、え、ええ……その。実は――」 「実は?」  少しずつ反応の後れるさーやを心配そうに見つめると……  さーやは、望月先生が出て行ったほうを睨んで、ほんの一瞬、冷たい目を送 って。  そして、一言つぶやいた。 「男の人は――苦手でして」  その言葉を聞いて、わたしは思わず身震いをしてしまった。  事実だけをただ突きつける、抑揚のない一言。  まるで氷のナイフで突き刺すような、冷たく、感情の無い一言だった。  い、一体どうしちゃったんだろう、さーやってば。 「あ、あの……さーや? どうしたの?」 「……。え? すっ、す、すみませんっ、つ、つい……」  わたしが不安げに呼びかけると、さーやはまるで、今気が付いた様に声を上 げた。  そして顔を真っ赤にしてうつむいてしまった  そのしぐさはいつもの知的で、でもどこか可愛らしいさーやそのもの。  メガネの奥のつぶらな瞳も、暖かい、生気の灯った目をしている。  ――わたしは、白昼夢でも見ていたのだろうか。 「え、えと……どうかしちゃったの?」 「あ、ええと。その、西九条学院は女子高だったせいもあって、男性の方と接 する機会が少なく。おかげで男性の方は苦手で……その、特に年上の方は」 「あ、ああ。なるほど。それで」 「ええ……普段はどうということはないのですが。先ほどはその、触れられて しまったので、つい」  しゅんとしてしまうさーやに、わたしは詳しく聞きただしたいという衝動に 駆られる。  けれども……なんだか、聞くのがはばかられる。  それは、弱みに付け入るような気がして、嫌だった。 「そっか。まあ、それは今は聞かない」 「……蒼……」 「話したくなったら聞く。だから今はこれでお仕舞い。おっけ?」 「――はい。ありがとうございます、蒼……」  困ったような、安心したような、そんな複雑な笑みを浮かべるさーや。  そんな彼女をひと撫でして、わたしはきっぱりと話題を切り替えることにした。 「良いの良いの、それよりさぁ」  結局、その後は雑談になって……  気づいたときには、昼休みがやってきてしまった。  16 ――クロスポイント――  結局、4時限目の半分はさーやの付き添いで潰してしまい、その後の昼休み もそのまま付き添ってしまった。  さすがに5・6時限目は授業に出たものの、何かと不便そうなさーやのフォ ローに、気を張ってしまった。  もっとも、それが疲れるかといえばむしろ逆で、誰かのために何か出来ると いうのは、なんだか嬉しかった。  さーやの怪我は最初こそ腫れていたものの、思ったより大事は無さそう。  しかし、足に怪我をしたので、歩くのが不便で、事あるごとに肩を貸してあ げていた。  ただー、その様子を見られるたびに、なんでか黄色い声やらひそひそ話やら があがったのが、ものすごーく気になっていたのだが。  ともあれ、いろいろと波乱の有った今日も終わり、放課後と相成っていた。 「でも、本当に、脚は大丈夫? 結構腫れてたけど……」 「いいえ、もう大丈夫です。シップも効いているようですし、腫れも少し引い てきましたので」  校門から少し入った辺りにあるベンチに腰掛けながら、わたしとさーやは談 笑しあう。  目の前の校庭を幾人もの生徒が行きかい、ある人は帰宅、ある人は部活へと、 思い思いの放課後を過ごそうとしている。  その光景は、活気に満ち溢れていた。 「もう、だからと言って無理しちゃ駄目だよ? 望月先生にも無理しちゃだめ って言われたんだし」 「分かっていますよ。でも、本当に一人で帰れますのに……」 「だーめ。さーやが大丈夫でも、わたしたちが大丈夫じゃない」 「……ふう。蒼は本当に強引なのですね」  あきれた様にため息をつくさーやに、わたしは勝ち誇った笑みを見せていた。  そんなわけで、わたしはさーやを送るという名目で途中まで一緒に帰ること にした。  実際、さーや一人で帰らして、途中で何かあったら目も当てられないしね。  ――まあ、それ以外の目的も、無いとは言い切れないけれども。 「に、しても。なんで愛美や恵美も一緒に帰るのかしらね。あの子達の家って てんで違う方向なのに……」 「かく言う蒼の家だって、途中までの道のりは同じようですが、さーやの家と はそれなりに外れていますよ?」 「それはそれ、これはこれ。わたしは部活もしてないから、心配しなさんな」 「むう……」  なんて、取りとめもない会話をしながら、遅れている2人を待つわたし達。  恵美は部活を休むのでその引継ぎで、愛美のほうは、掃除当番で遅れている。  おかげでわたしとさーやは、2人きりで楽しくお話していたりするのだが。 「大体、さーやが遠慮しすぎてると思うんだけどな。怪我人はもう少し回りに 甘えて良いってば」 「はぁ……そういわれましても。西九条では怪我をしても自力で保健室に行く のが慣例でしたからね。よほどの事でもない限り」 「をぃをぃ。なんだそれは。ひどい学校だわね」 「何事にも自主性を。だそうです。言う割に、派閥を作って右へ倣え的だった のには矛盾を感じますが」  ふうとため息をついて話すさーや。  西九条のことを話すその表情には、昨日のような寂しさや懐かしさを感じな い。  1日置いて、彼女の中で何かが吹っ切れたのだろうか。  だったら良いな、と思いつつ、わたしは言葉を続ける。 「全くだわね……信じられない。でも、こっちでは忘れて良いから。大変なと きは人に頼る、それが気に掛かるなら、素直に感謝。これでオッケーだから」 「ふふ……はい。ありがとうございます。蒼」 「うん。よろしー。次ももし怪我したら、そのときは遠慮しちゃだめだぞ?」  言いながら、わたしがにこりと笑いかけると……  さーやは一寸置いて、クスリ、といたずらっぽい笑みを浮かべた。 「――もし痛めたら、またおんぶをしてくれますか?」 「えっ!?」 「クスクス……冗談ですよ、蒼」 「……ぐう」  楽しげに語るさーやに、わたしはぐうの音しか出なかった。  普段は落ち着いた感じのするさーやだったけど、今はなんだかはしゃいで見 える。  一緒に帰ることを喜んでくれてるのだったら……わたしも嬉しい。  ただ、それで無茶をしてたりすると、こっちは心苦しいのだが。 「それにしても。恵美さんはともかく、愛美さんは遅いですね……」 「ホントよね。教室の掃除だから、そろそろ終わっても良いと思うんだけれど も。またサボってるのかしら?」  掃除となるとは真面目にやらない友人のことを思い浮かべつつ、わたしは大 きな伸びをした。  あーもー、さっさとこないと寝ちゃそうだわよ……  などと、こきこきと肩をほぐしていると。 「お待たせお待たせー。いやー、思いのほか遅れちゃったよ〜」  わざとらしいほどさわやかな笑顔をたたえた愛美が、片手を振りながらやっ てきた。 「やっと来たか……『遅れちゃった〜』じゃないわよ。どうせサボってたんで しょ?」 「そんなことはしてないぞ? ちゃんと真面目だったからな」 「ふむ……? 真面目にお掃除をしてらっしゃったので?」  えっへんと胸を張る愛美に、さーやは首を傾げて問いかけた。  すると愛美は、ふるふると首を横にふって、否定の意思を示した。 「うんや。真面目に遊んでた」 「それをサボるって言うのよっ!」  悪びれた風もなく言ってのける愛美に、わたしは力いっぱい突っ込んだ。  ここ最近突っ込む量が多くなって、喉に負担が掛かっているので、本当に控 えてほしい。 「まあまあ、で、恵美はまだかい?」 「なーにがまあまあよ、全く……恵美はもうすぐじゃないかしらね。そろそろ 20分だし、さすがにもう終わってるんじゃ……」  などと、時計を見ながらつぶやいていると……。  少し離れた位置で、コートを着た男の人が、誰かを探してるようにきょろき ょろしているのが見えた。  そろそろ暑くなってきたというのに、野暮ったい灰色のコートを着たその人 は、すれ違う生徒達を一人一人チェックしているようにも見える。  見た目は結構若く、20代後半といった風だが、少なくとも学園の学生や先 生、という感じはしない。  そもそも、学生や先生がわざわざ校門付近で人探しをすると思えないし。  おかげで、その姿ははっきり言って浮いており、怪しさ大爆発という風だ。 「――何、あの人」 「さぁ……つーか、怪しいな。この上なく」 「ええ、誰かをお探しのようですが」  3人そろって首をかしげて見守っていると――  その人がこっちを見咎めて、手に持った何かと見比べ始めた。  そして『やっと見つけた』と言う感じの顔をしながら……あれ、こっちに近 づいてくる? 「えっ、ちょっと、蒼っ! アイツこっちに来るぞ、おいっ」 「お、おいって言われても……な、なんだろう?」  愛美と2人でわたわたしているうちに、その人はわたし達の前までやってき た。  そして、手に持ったかも――写真? と、わたしの顔を見比べて、ほっと1 つため息をついて見せた。 「やっと見つけたよ……この学校って、人が多いから……ええと。君が、三月 蒼さん、で良かったよね?」 「えっ?」  見ず知らずの人にいきなり名前を呼ばれて、わたしは思わず目を見開いた。  そんなわたしの様子を汲み取ることなく、男の人は勝手に話をしだした。 「実は君に聞きたいことがあってね。今から少し時間が取れないかな? なに、 手間は取らせないから」 「えっ、ああ、あの……」 「早速なんだけど、君は――」  こっちの返答も待たず話し出す男の人。  ちょちょっと、いきなり何を言い出すの、この人はっ。 「――失礼ですが」  わたしが動転していたそのとき、すごく良く通る声で、さーやが割って入った。 「まず人に話を伺う前に、ご自分の身分とお名前を明かすのが筋ではありませ んか?」 「えっ!?」  さーやの言葉に、男の人はびっくりしたように肩をすくめた。  その様子は、さーやに今気づいた風ですらある。  もしかして、わたしのことしか頭になかったのだろうか?  だとすると、なんというか……気味が悪い。  そんなわたしの気を察してなのか。  さーやは凛と通る、でもどこか棘のある口調で言葉を続ける。 「初対面で、挨拶もなく、一方的に話を切り出す。あまりに礼節の足りない所 作では無いかと感じますが」 「あっ、い、いや自分……いや、僕はそのっ!」 「特に。学園の校門前で、写真を片手に女子生徒を物色していたともなれば、 しかるべき所に突き出されても言い訳は出来ませんが? 「ち、ちがうちがうっ、そんなつもりじゃないっ。ぼ、僕はえっと……!」  さーやの『口撃』を受けた男の人は、慌てた様子で懐をまさぐり始めた。  そして、コートの内から黒いパスケースのようなものを取り出して見せた。 「ええ、と、ぼ、僕は深緑市警察署。捜査一課の、夏目巡査です。決して怪し いものではありませんっ」 「――け、警察の、かた?」  初めて見る警察バッチに、わたしと愛美は驚いたように目を見開き、さーや も少しだびっくりしたように息を詰まらせた。 「ええ。その、実は先日の事件で三月さんに聞きたいことがありまして、ここ までやって来たんですが……いや、人の多さに圧倒されてしまいまして。つい 焦ってしまいました。配慮が足りなかったのは本当に、彼女の言うとおりです ね、申し訳ない」  夏目と名乗った刑事(で良いのかな?)さんは、苦笑いと浮かべながら、ぺ こりとお辞儀をする。 「い、いえっ、そんなっ! ご、ご丁寧にどうもっ!」  急なことに緊張したわたしは、あわててベンチから立ち上がって、ぺこぺこ と頭を下げる。  対するさーやは、『ふん』と1つため息を付いて、付け加えた。 「……警察とはいえ、守るべき社会ルールは守ったほうが宜しいですよ?」 「本当にその通りですね。市民に愛される警察をと心がけるつもりだったのに、 最初からこれでは……いやはや、勉強になりました、すみません」 「いいえ……少々差し出がましかったやも知れません。こちらこそ、失礼を」  謝る刑事さんに、さーやもベンチから立ち上がり、優雅に一礼して見せた。  おおう、すごい……警察と分かっても全然物怖じしないとは……  さーやの度胸に感心していると、彼女は呆けているわたしの代わりに、刑事 さんとの応対をし始めた。 「ところで。蒼にお話とは、一体どんな用件でしょうか」 「ああ、はい……捜査の一環、というわけでもないのですが……先日、三月さ んが遭遇した事件について、もう少し突っ込んで伺いたくて。宜しいですか?」 「えっ、えっと……」  先日のって……例の、『あれ』のこと?  正直、聞かれても答えられることなんて無いのだが……  と、焦っていると、それを察したさーやがわたしの代わりに答えてくれた。 「ふむ……遺憾ながら、蒼はこの後の予定が埋まっているのですが。今日でな ければならない理由はおありですか?」 「あっ、い、いえ、別に今日限定と言うわけでも……ないような」 「ならば後日、では駄目でしょうか。アポイント無しでは、一件暇そうに見え る女子高生といえども、簡単に時間は取れませんよ」 「あ、いや、ごもっともで……」  わたしが口を挟むまもなく、さーやはすらすらと答えていた。  その内容はわたしの意見と同じではあるものの、どこかしこに棘があるのが 隠せない。  ああ、そーいや昼に、男の人が苦手、とか言ってたっけ。  そのせいなのだろうか。  なんて思っているうちに、トントンと話が進んでいく。 「で、では、明日は時間取れますか?」 「蒼、明日の予定はどうなっていますか?」 「えっ? い、いや、今のところは未定って言うか……」 「――らしいです。少なくとも今日より目はある様子ですが、いかがですか?」 「で、ですがその。なるべく時間を置かないほうが、記憶が正確になるという か……こちらとしても、事件解決のため、ご協力をいただきたいと」 「そのように申されますが、つい先日、心理的疲弊を負った少女に、心の落ち 着きを待たずに事件を思い出せ、というのはいささか配慮に欠けるのでは……」 「あ……い、いや、しかしっ」  わたしが嫌がっているのを察してくれているらしく、さーやは頑として譲ら ない。  しかし刑事さんも職務に忠実なのか、それとも正義感からなのか、非常に粘 り強い。  なんだかどちらも引かない様子で、一向に会話がまとまる気配が無い。  わたしは冷や汗を流しながら2人の様子を見守っていたら、傍らに居た愛美 が同じように汗をかきながら、話しかけてきた。 「お、おい、どうするんだ、蒼。このままじゃなんだ。さーやはこ、公務執行 妨害とかになるんじゃないの?」 「そ、そんなこと言われても、わたしにはどうすることも……」 「どうするも、じゃ無いだろっ。はっきりといやって言えば良いんだよっお前 がっ!」 「そ、そりゃ、出来る物ならしたいけど、今はなんか口を挟めない感じだし!」  などと言い合っている間にも、さーやと刑事さんは一歩も譲らない会話を続 けている。  そのうちに周りの生徒も『なんだなんだ』とさーやたちを遠巻きに見守り始 めた。  い、一体どうなるのやら……と思っていたら。 「何をしているのですか、こんなところで」 『えっ?』  唐突に、第三者が口を挟んで来た。  全員が驚いて、声のしたほうを振り返ると……  そこには、白衣を着た、若い男の人が立っていた。  その人は―― 「――あ。も、望月先生?」  昼前にお世話になった、望月先生だった。  先生のほうもわたし達に気づいたのか、『おや?』という顔をしていた。 「うちの生徒が見知らぬ男に声を掛けられている、と聴いてきてみれば……三 月君に佐々木君君じゃないか。はは、縁があるみたいだね、君達とは」 「い、えあの、ど、どうも……」  いやいや、さっき知り合った人に、縁があるといわれても……  とか思っていると、先生は刑事さんのほうに向き直った。 「それで、貴方はどなたでしょうか。見たところ、学園の関係者とは見えませ んが?」 「えっ、あ、はい。自分は深緑市警察署の夏目と言うものです……失礼ですが、 貴方は?」 「僕はこの学園で保険医を勤めさせていただいている、望月というものです。 一応、彼女達高等部の受け持ちですが……まあ、ここに居るのは、通りがかり ですがね」  ひょいと、肩を竦めて見せる望月先生。  さーやに劣らず、先生も警察だからといって物怖じしてないみたい。  ううん、わたしや愛美が卑屈すぎるのだろうか…… 「まあともかく。夏目さん、でしたね。申し訳ないのですが、校門近辺で生徒 と言い合うのは、遠慮していただけませんでしょうか。見た目の心象があまり 宜しくないですし、変な誤解を受けかねませんので」 「そ、それはこちらとしても配慮が欠けておりました……しかし、自分として も、遊びに来ているわけでは在りません。そちらの三月さんに聞きたいことが ありまして」  刑事さんの視線を受けたわたしは、思わずびくっとなってしまう。  特に疚しいところもないのに、そんな気になってしまうわたしは本当に小心 者だなぁ、と思う。  すると望月先生は、わたしを視線の端に置きながら、『ふむ』と言って続け た。 「……もちろん、我々とてご協力するのはやぶさかでは在りませんが。今は放 課後ですし、このように人目もある。アポなしで突撃、というのはいささか問 題ありかと。それに人目も増えてしまいました。申し訳有りませんが、出来れ ば、後日にお願いできませんか? あるいは、僕が応対できることでよかった ら、話しますけれども」 「い、いや……あっ……。えっと」  望月先生の言葉に、刑事さんは少し考える。  そして『そうか、ある意味好都合か……』とつぶやいてから、こくりとうな づいた。 「分かりました。三月さんへの質問は、また日を改めさせていただきます。代 わりに、先生にこの学園に付いてお尋ねしたいことがあるのですが、宜しいで すか?」 「もちろん。まあ、立ち話もなんですし、さっきも言いましたが、ここは目に 付く。申し訳ありませんが、場所を変えて……」 「ええ、結構です。こちらとしても、決して御学園に迷惑をかけるつもりはあ りませんので……」 「お心遣い痛み入ります、ではご案内しますので、どうぞこちらへ……っと、 すみません。その前に少しだけ待っていただけますか? 彼女達に事情の説明 をしたいので」 「ああ、はい。分かりました」  望月先生がそういうと、刑事さんはわたし達から少しはなれた。  そして望月先生は、『ふう、やれやれ』と軽くため息を付きながら、わたし 達に向き直る。 「まさか、警察がここに来るとはね……三月君目当てみたいだったけど、災難 だったね」 「い、いえ、まだ何も聞かれてませんし……」 「そうか。なら良かった。ま、後は僕に任せて。大人は大人同士のほうがいい だろう。君達は、早くお帰り」 「えっ、あ、はい。ありがとうございます、望月先生」  反射的にお辞儀をすると、望月先生は柔らかな笑顔で答えた。 「いやいや。保険医とはいえ、僕も先生。生徒を守るのは、僕の仕事だからね」 「ええと……で、でも、大丈夫なんですか? 警察の人の対応なんて……」 「まあ、何とかなるんじゃない? 当たり障りの無い会話で、煙に巻くさ。教 員会でも、警察の応対については色々と仕込まれてるからね、先生はみんな」  『まあ、まさか実用するとは思わなかったけれども』と、先生は笑って見せ た。  うう、なんだか申し訳ないような気がする。 「あ、あの、すみません……」 「クス、気にしなくても良いって。それより、あっちのお友達にお礼を言って おきなさい。僕に知らせてくれたの、彼女だからね」  言いながら、先生が校舎側を指差す。  するとそこには、部活が終わったらしい恵美が、はらはらした様子で立って いた。 「あっ……恵美。そっか、あの子が先生を……」 「うん。友達が変な男に声を掛けられてるって、泣きそうに訴えてきてたよ。 まあ勘違いだったけど。でも、それだけ心配してくれたんだ。大事にしなさい?」 「は、はいっ、分かりました」  反射的にぺこりっとわたしは頭を下げる。  その横で、さーやも軽く会釈をしていた。 「望月先生、このたびもご迷惑を……さーやもお礼を言います。有難うござい ました」 「あっ、ええと、あ、ありがとうございますっ」  さーやの言葉につられて、それまで硬直していた愛美もぺこっとお辞儀をし た。  そんな様子を見て、望月先生はやわらかな笑顔を見せた。 「いやいや……礼には及ばないさ。気にしないで。じゃあ、僕はそろそろ。刑 事さんを待たせちゃ悪いし」 「あ、はいっ、じゃあ、さようなら、先生。頑張ってくださいっ」 「それでは、また……」 「さ、サヨウナラ、先生」  わたし達の声に、先生は軽く片手を挙げて応え、刑事さんのところへ向かう。  代わりに、恵美がててっとこっちに駆け寄ってきた。 「はっはっ……蒼ちゃんたち、大丈夫だった? さっきの人に、変な事をされ てないっ?」 「ああ、大丈夫大丈夫……何とも無いわ。ちょっと話を聞かれそうになっただ けだし」  開口一番に聞いてきた恵美は、目に軽く涙を浮かべてた。 「話って……変なお話とか?」 「違うってば……ま、望月先生をつれてきてくれたのは、助かったわ。ありが とう、恵美」 「あ――え、えへへ……」  わたしがお礼の意味を込めて恵美を撫でてあげると、恵美は涙を浮かべたま ま、にこっと微笑んだ。  その様子を見てた愛美が、はぁ〜っと深いため息をついた。 「しかし驚いた……どうなることかと思ったが、あの先生のおかげで助かった な。でかした、恵美」 「まったくです。助かりました、恵美さん。ありがとうございました」 「どういたしまして、愛美ちゃん。さーやちゃん」  愛美たちの言葉に、恵美はにこっと微笑んで答える。 「でも、本当にびっくりしたよー。待ち合わせ場所に行ったら、みんなが知ら ない男の人に話しかけられたんだもん。驚いて先生を探したんだけど、ちょう ど通りかかってくれて良かったよ」 「本当だわね。やれやれ……」  まあともかく、大人は大人同士で話し合ってもらうが一番……もう警察のご 厄介はこりごりだから。 「なんにしろ、後は望月先生が何とかしてくれるだろう……ほんじゃま。先生 にも言われたし、さっさと帰りますか」 「だわね。じゃあ、いこっか、さーや」 「はい……エスコート、よろしくお願いしますね?」 「うん、まっかせて」  小さく微笑むさーやに、わたしも笑顔を返して。  わたしたち4人は、さーやの家へと向かい始めた。 「にしても……一体わたしに、何を聞くつもりだったのかな、あの刑事さん」  なんていう疑問が降って沸いたが、わたしはとりあえず忘れることにした。  17 ――混沌―― 「こんなところで申し訳ありません。他に取れる部屋もなかったもので……」 「いいえ、構いません。こちらこそ、急な来訪ですのに迎え入れていただき、 有難うございます」  コート掛けにコートをかけながら、夏目刑事は頭を下げる。  彼らは居るのは、高等部校舎にある、カウンセリングルーム。  白い壁に、対面式のテーブルとパイプイスが3脚。  それにお茶を入れるためのポットや湯のみ、茶筒などがある、質素な部屋だ。  しかし、防音性は高く、締め切ってしまえば外の音は入ってこないし、中の 音が出ることもない。  公に出来ない会話をするには、ちょうど良いといえる。 「それで、何をお聞きしたいのですか、刑事さん。もっとも、僕は高等部担当 ゆえ、他の学部の話だった場合はお答えできませんが」  部屋備え付けのポットを再沸騰させながら、望月保険医は夏目刑事に問う。  それに対し、夏目刑事は少し居住まいを正して話し出した。 「ここにお伺いした理由は、三月さんに少しお話を聞きたかったからです。ま あ、今回は接触方法を間違えましたので、そこは謝罪の使用もありませんが。 ただ、少しだけ。彼女の周りについて伺っておきたいことがありまして」 「ふむ……何を聞きたいのでしょうか? ただ、わたしも彼女の人となりは人 づてでは聞いてますが、実際に会ったのは今日のこと。詳しくお話できないと 思いますので、そこのところはお含み置きを」 「いいえ、かまいません。彼女に伺うべきことは、彼女自身から聞きますので。 今伺うことは彼女自身の事、ではありませんので」 「ふむ……では、何を知りたいのでしょうか」  急須にお茶の葉を入れて、湯のみも準備しながら、望月は問う。  その様子を横目で眺めながら、刑事は語り始めた。 「はい、実は……先生は、この学園に最近流行りだした噂を、ご存知ですか?」 「噂――ですか?」 「はい。一部の先生方や生徒さん達に、ひそかに伝わっているらしいのですが」 「ふむ……噂ですか。実際のところ、話題に事欠かないのがこの学園の特色と も言えますので、それだけでは何とも」  思い当たる節が多すぎて、望月はあごに手を当てて考えてしまう。  その様子を見て、刑事は苦笑いを浮かべた。 「まあ確かに。ここの――ええと。楽しさは、市の多くの人も知ってまからね」 「はは……騒がしさ、と正直におっしゃっても宜しいですよ。なにやら各方面 に、色々とご厄介をかけてるようですからね。うちは」  どこか楽しげに言う望月は、『そろそろ沸いたかな』と、ポットの様子を見 ていた。 「いえ……ともかく。この学園内で流れているある噂について、確認を取りた かったのですが」 「ふむ……それで、その噂というのは、どのような内容なのです?」  急須にお湯を注ぎながら、望月は問いかけた。  その問いかけに、刑事は少し顔を緊張させながら、重く口を開いた。 「――まずは、順を追って話をしましょう。先生は、先日の被害者の身元が… …判明したことを、伺っていますか?」 「――なるほど、そう来ますか」  刑事の問いかけに、望月は軽く視線を落とす。  その問いかけは、実は奇異な問いかけであった。  なぜならば、公式発表では、先日の被害者の身元はいまだ『不明』だったの だから。  しかし望月は、こくりとうなずいて『肯定』の意思を示す。 「ええ。存じています……今朝の職員会でも大騒ぎになっていましたからね。 まさか、うちの――偕成学園の生徒だとは……ね」 「えぇ……心中、お察しいたします、また、お悔やみを」  深々と頭を下げる夏目刑事に、望月は苦笑いを浮かべながら、湯を注いだ急 須を軽く回して、茶の葉を開いていた。 「まあ、被害者は大学部の生徒で、僕とは直接関係ないわけですが。それにし ても、うちの学園から被害者が……というのは、なんともはや」 「その件については、警察側も叱責を受ける立場と考えます。いまだ犯人を検 挙できない点もそうですが、何より『こちら側』で事件が起きないと思い込ん でいたので……」 「……それはいっても始まりますまい。貴方がたを責めても、いますぐ犯人が 捕まるわけでも、まして死者が蘇るわけでも有りませんしね」  諦観とも取れる言葉を発しながら、望月はお茶を急須へと注いでいく。 「おっしゃる通りで、まことに不甲斐ありません……ただ、今日は今件につい て話にきた訳ではありません。今のは、確認だけです」 「で、しょうね。それで、お伺いしたいこととは?」  もう一つの急須にもお茶を注ぎ、望月は『どうぞ』と言い置いて、片方の湯 飲みを夏目刑事へと勧めた。  その視線をそらす様に、刑事は自分の湯飲みへと視線を落とした。 「実は――関係が有るのかないのか、それは我々も苦慮していることでは有る のですが。この学園にまつわる噂話を聞きつけまして」 「噂話……ですか?」  警察官が口にするには、あまり相応しいとは思えない単語。  それを聞いた望月は、思わずいぶかしげな視線を送ってしまった。  もっとも、夏目刑事もそれは重々承知だったのだろう。  少し苦笑いを浮かべながら、後を続ける。 「ええ。我々の元に届いた情報の中に、御学園で実しやかに伝えられているら しい、ある噂が有りまして。それは、昨今世間を大いに騒がせて居る連続殺人 事件。この被疑者が、この学園内の誰かではないか……というものでして」  夏目刑事の言葉に、望月はぴくり、と片眉を上げた。  そして視線をすっと、軽く細めて見せる。 「……ほう。それはやぶさかでは無い噂ですね。噂にしても性質の悪い」 「ええ……まあ、あくまで噂ですが……先生は聞いたことはおありで?」 「いいえ。今初めて耳にします」  望月は自分の湯飲みを手にとって、軽く中をまわす。  8畳弱の空間に、緑茶のいい香りが広がった。  その香りを鼻で感じつつ、刑事は続ける。 「なるほど。ではこの噂は、そう広まってはいない、ということでしょうか」 「一概には言えませんが、少なくとも高等部では聞きませんね。僕は一応、カ ウンセラーも勤めてますので、そのような情報はそれとなく伝わってくるので すが……いやいや、なかなかに物騒な噂で。刑事さんは、それを一体どこから お聞きに?」 「……それは……」  言い終えてから、望月は一口お茶をすする。。  その様子を眺めながら、刑事は思案したように言葉を詰まらせる。  その後、視線を望月から少し外して、言った。 「……一応、情報提供者の保護のため、黙秘とさせていただきます」 「なるほど……」  その沈黙に何かを感じたのか、望月は小さな笑顔を見せた。  そして気を取り直すように、もう一口お茶を口にする。 「ん……ふう。しかし、それはあくまで噂でしょう? 学園内の者が、同じ仲 間、あるいは同僚を傷つけるとは、考え難いのですが」 「そう思いたい気持ちは分かります。しかし、人間は些細なことで人を傷つけ てしまうもの……必ずしも可能性は0ではないと思います」  『いただきます』と言いおき、夏目刑事もお茶を口にする。  その様子を見ながら、望月は笑って否定する。 「あはは……刑事さん。それは一般的な殺人における考察です。確かに、人の 心は移ろいやすい。些細なことで人は人を恨み、勢いあまって傷つけてしまう こともある。ですが、この噂は、連続殺人犯がうちの学校に、というものでし たよね?」  『それとこれとは話が少し違います』と、望月はお茶を口にした。 「仮にです。仮にその噂が本当であったとして。だとしたら、犯人は何故今ま でこの学園の生徒に手をかけてこなかったのでしょう」  湯飲みをテーブルに下ろしつつ、望月は軽くイスにもたれた。  そして記憶を手繰るように、軽く額に手を当てた。 「確か……こちら――虹野町側で被害者が出たのは、先日の彼女が初めてです よね。それまでは総て、河の対岸でしたね。わざわざ遠出をする理由はどこに 在るのでしょうか」  『ねえ、刑事さん』という瞳で、望月は対面の刑事を眺めた。  対する夏目刑事は、その視線を真っ直ぐに受け止めて、返す。 「足の付きにくいところで犯罪を……とも考えられます。学園内の生徒に手を かけては、真っ先に足が付きますからね」 「なるほど、確かに……では何故、犯人は7人目にしてうちの生徒を狙ったの でしょうか。面倒くさくなったからでしょうか? だとするとナンセンセンス です。今まで徹底してきた犯人が、いまさら思考を変えるとは……」  軽く首を振って、ありえないという表情を浮かべる望月。  それに対し、刑事は軽く前のめりになって、語る。 「――あるいは、最近のものだけ、犯人が異なる……という可能性も」 「ほう……それは模倣犯のしわざだとでも?」 「あるいは、便乗犯罪……とも考えられますね。もちろん、捜査をかく乱させ るためかもしれません……ただ、それらの情報は今はおいておきます」  『話がそれましたしね』と、刑事は居住まいを直した。  その様子を眺めつつ、望月はお茶を口にする。 「とりあえず、刑事さんは、この学園に犯人が居る、という噂が、真実かどう か知りたい……そう言うわけですね?」 「そうは言ってません。それではこの学園を疑ってしまうことになります。た だ、噂が広まっているかを知りたかったのです。何も犯人を探しにきたわけで はありません」 「でしょうね……もしそうであるなら、三月君を目当てになどしませんからね」 「ええ……彼女に聞くことは他にあったのですが、彼女もこの噂を知っている かどうか、それを確認したかったというのが、正直なところです。ただ、先ほ どお伺いしたところ、噂は高等部以外に広まっているようですね」 「ええ……僕が耳にしていないとなると、中等部か、大学部か……初等部とは 少し考えがたいですし」  指折りながら望月は答える。  その言葉を聞きながら、夏目刑事もこくりとうなずいた。 「そのようですね……まあ、噂が好きそうな高等部で広まっていないとなると、 まだ伝播途中か、それとも眉唾が過ぎるのか、という感じでしょうか」 「さて。憶測だけではなんとも。もう少し時を置けば別でしょうが……」 「……ですか……」  少し落胆した声で、刑事はつぶやく。  その様子を見ながら、望月は残念そうに語る。 「お力になれなくて申し訳ない。ただ、繰り返しになりますが……個人的な意 見として。僕はこの学園に、『殺す意思』を持って誰かを傷つけるような人は 居ない、と思っています。まあ、あくまで私見ですが」 「……なるほど。分かりました。貴重なご意見、有難うございます」  刑事はそう言い置いて、湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干した。  そして『ご馳走様です』といった。 「いえいえ……何もお構いも、お手伝いも出来ず……ああ。ここから帰れます か? 何でしたらご案内しますが」 「いいえ。道順は覚えてます。お気遣いだけいただきます」  脱いだコートに袖を通しながら、夏目刑事は謝意を示す。  その様子を見ながら――望月は、申し訳なさそうな声で告げた。 「――差し出がましいとは思いますが……できれば、真っ直ぐお帰りいただき ます。あまり学園内を移動して回られますと、あらぬ誤解を受けますので…… お互いに」 「分かっております。それでは、失礼します……ええと」 「望月です。望月創太……」 「ああ、失敬。それでは、望月先生」  軽く会釈をして、刑事は部屋から出て行った。  その様子を眺めて、足音が遠くに去った後。  望月は、一人、ため息をついた。 「噂話……ねぇ……」  18 ――海辺の民宿――  一言で言うと、豪華な家だった。 「おぉぅ……なんですかこの家は。虹野町にこんな立派な家があるたぁ、知ら なかったぞ」 「私は知ってたよ。でもこれって、さーやちゃんのお家だったんだねぇ……」 「ううん……わたしも目にはしてたけど……でもその。改めて見ると、凄いわ ね」  わたしと愛美、恵美はそろってその、さーやの家を見上げていた。  海を臨む、軽い丘の上。  周りにはほかに建物も無い開けた一角に、その家は有った。  立派な垣根に囲まれた、純和風の一軒家。  2階建ての家屋の屋根は黒々とした瓦に覆われ、外装の壁は渋い漆色の板で 覆われている。  威風堂々とたつ門の奥は玉砂利と飛び石が仕付けられていて、垣根の向こう には見事な枝振りの立派な松が植えられていた。  なんていうか……豪邸?  などと呆けていると、さーやが困ったような声を上げた。 「あはは……確かに見た目は立派ですが……正確には、家と言うには語弊があ りますので」 「うん? どういう事なの、さーや」 「簡単です。家は民宿ですので……ですから、家には違いないのですが、見か けは外向けの造りなのですね」  言いながら、さーやはぴっと、門の上を指差す。  そこには達筆な墨字で、『民宿 渚』と書かれていた。  それを見咎めてから、目の前の家を改めてみる。  ……いや、あの、旅館の間違いじゃないの、これ。  なんて思っていると、さーやがひょいと一歩進んだ。 「ともあれ、何時までも眺めていても始まりませんし。どうぞお入りください」 「えっ、い、いいのかな……なんか申し訳ない感じが……その」 「クス、そんなに畏まった家では有りませんよ。立派なのは外見だけですから。 どうぞ」  気後れするわたしたちを尻目に、さーやはひょこひょこと先を進む。  それにつられて、わたしたちはおっかなびっくりと門をくぐった。  さーやの言葉とは裏腹に、入った先も雅な雰囲気だった。  重々しい玄関は歴史を感じさせる風合いだし、中庭には松の木以外にも、若 葉を茂らせた植木が綺麗に立ち並んでいた。  少し先には池も有って、流れる水の音が涼しげに聞こえてくる。 「……な、なんか、わたし達って場違いじゃない?」 「だ、だな。菓子折りでも持ってきたらよかったかな?」 「もお、蒼ちゃんも愛美ちゃんもぉ。緊張しすぎだよぉ」 「あ、あはは……だって、ねぇ?」 「な、なぁ?」  あきれた様な恵美の声に、わたしと愛美は苦笑いを浮かべる。  そんなわたし達を尻目に、さーやは重々しい玄関に手をかけた。  そして、からからと意外と軽い音を立てて玄関が開け放たれる。 「それでは、お入りください皆さん。ただいま帰りました、かー様」  先に玄関に入ったさーやは、中に向けてそんな声をかけた。  その声から数秒後、奥から『はーい』という声が帰ってきた。 「お帰りなさい、さーやちゃん。今日は少し遅かったわね」 「で、しょうか? 先日とさほど変わらない時間だったと思いますけれど」  そこに現れたのは、紺の和服の上に白い割烹着を着た、綺麗な女性だった。  見た目は20の後半くらいだろうか、少し成熟した女性の色気と雰囲気を持 った彼女は、とても人懐っこい笑顔でさーやを見つめている。  身長はわたしと同じくらいで、線はわたしより一回りほど細く、そのせいで 儚げな印象を受ける。  ショートカットに切りそろえた髪は淡い黒で、彼女のしぐさに合わせてさら さらと揺れていた。  それよりも、何より目を引くのは…… 「……でかい」 「……うん、でかい」 「……ほぇ、でかぁい」  その割烹着の胸元をこれでもか、と持ち上げる胸だろう。  なんていうか……爆乳? という感じに、おっきい。  わたしはもちろん、愛美や恵美も、その大きさに圧倒されている。 「そんなことないわ。昨日より15分も遅れてます。だめよ、寄り道なんかし ちゃ」 「……15分くらいで目くじらを立てずとも良いでしょう? かー様」  声に合わせて、軽く腰に手を当てるその女性。  そのしぐさにあわせて、ふるり、ととても人工物ではありえない柔らかさで、 その胸は揺れて見せた。  わたしの横で『負けた……完全に』というつぶやきすら聞こえる。  あんた達が負けたんなら、わたしはどうなるのだ、勝負にすらなんて無いぞ。 「――あら、そちらの方々は?」  などと、大きな胸をした女性……いやいや。  割烹着を着た女性が、今気づいたという風に声を上げた。  その声で、わたし達もはっと我に返る。 「あっ、し、失礼しました。ええと、はじめましてっその、あの……!」 「お、落ち着け蒼っ、まだあわてる時間じゃないっ!」 「だ、だよ、蒼ちゃん、こういうときは深呼吸を……ひっ、ひっ、ふー」 「って、そりゃラマーズ法でしょうがっ! アンタ子供でも生む気っ!?」  我ながら何を言ってるんだ、という勢いであわててしまうわたし達。  そんなわたしたちを見てあっけに取られたように、女性はしばらく見つめて。 「――くす。なるほど、あなたが、蒼さん。それに愛美さんに、恵美さんですね」  と、名乗りもしないうちに、わたし達一人一人を指差していった。 「えっ!? あ、あの、どうして、名前を……?」 「あら、ごめんなさい。初対面の人を指差してしまって……でも、あたり、で しょう?」  にこり、と柔らかな笑みを浮かべながら、割烹着の人は言う。  その笑顔で幾分落ち着いたわたし達は、遅まきに自己紹介をした。 「え、ええ……その。あたり、です……わたしは、三月蒼、です」 「は、はい、神海愛美、です」 「か、神海恵美って言います」 「ふふ……さーやちゃんからお話を聞いてます。でも、本当にお話通りだった のね。本当に楽しげな方々」 「えっ、あ、いや、その……」  初対面の人にそんなことを言われると、ものすごく気恥ずかしい。  それが、さーやの口から伝えられた、という事実が、輪をかけて恥ずかしい ……うう。  などというこちらの気持ちを察したのか、さーやが頬を軽く赤くして抗議し た。 「かっ、かー様っ、もうっ! 余計なことは言わないでください」 「あら、ごめんなさい。でも、本当でしょう?」  くすくすと楽しげに微笑んだ割烹着の女性は、不意についと床に正座した。  そして堂に入った自然な動作で、静かに頭を下げた。  そのしぐさは見とれるくらいに自然で、優雅で、そしてなぜか、凄く安心で きた。 「改めて、はじめまして。わたくしは、この民宿の女将をしています、佐々木 沙百合(さゆり)と申します。さーやちゃんの母親、といったほうが分かりや すいでしょうね。どうかよろしくお願いいたしますね」  静かに頭を上げた割烹着の女性……沙百合さんは見ほれるくらいに綺麗な笑 顔で、会釈してくれた。 「とりあえず、玄関先で立ち話もなんです。どうか上がってくださいまし。さ ーやちゃんが連れてきたお友達です。歓迎しちゃいますよ」  一転、先ほどまでの人懐っこい笑顔に戻った沙百合さんは、すっと立ち上が って奥へと手をかざす。  その変化に上手くついて行けず、わたしは少しどもってしまった。 「で、ですが、その、お邪魔じゃ……」 「ふふ。そんなこと有りません、むしろ暇でしたから。今日はお客さんもいま せんし……」  ぺロッと、小さく舌を出して言う沙百合さん。  そのしぐさは見た目より幼い感じがして……でもそのギャップが、可愛らし かった。 「では、どうぞ。お茶を準備しますので、どうかごゆっくりなさってください」  なんて、まるでお客さんを迎え入れるように、沙百合さんはわたし達を親切 に導きいれてくれた。 「そうでしたか……さーやちゃんの足は、体育のときに怪我を……」  ここはさーやの家の一階の、居間。  ただ、その広さはわたしの家の居間と比べて、優に3倍はある大きなもの。  青々とした畳敷きで、壁の一面はガラス張りになっており、先ほど見かけた 池がその奥に広がっている。  残る3面のうち2面には襖が施され、その上には鳥や花などの、綺麗な日本 画が描かれている。  残る1面は床の間になっていて、そこには『一期一会』という達筆がかかげ られていた。  とても居間とは思えない豪華さだが、それもそのはず。  話によると、民宿の談話室もかねているという。  その一角にある、少し大きめな丸いちゃぶ台をはさんで、わたし達は沙百合 さんと向かい合っていた。 「ありがとうございます、蒼さん。それに、愛美さんに恵美さん。さーやちゃ んを助けていただきまして」  言いながら、沙百合さんは深々とわたし達に頭を下げる。  年上の、しかも綺麗な女性に頭を下げられたわたしは、思わず動揺してしま う。 「い、いえっお礼なんか……当然のことをしたまでですし」 「ですが、その後も色々とご迷惑をおかけした様子……今日も、さーやちゃを 送り届けてくれましたでしょう? 聞けば蒼さんはお山の神社の方とか……こ んな遠いところまで、わざわざおいでいただくなんて」  『本当にありがとうございます』と、再び頭を下げる沙百合さん。  そんなに畏まられると、こっちが逆に恐縮してしまうのだけど。 「そんな、本当に良いんです。それに、わたし達の方こそ、さーやの付き添い だなんていって、ほんとはその……さーやの家が気になってただけですし」 「蒼のいうとおり。その、もちろんさーやが気になってたのも否定しませんけ ど、西九条のお嬢様がどんな家に住んでるかってのは、気になってたので……」  わたしと愛美は、互いの顔を見比べながら告白する。  心情を吐露してると、なんだかこう、悪いことをしてる気がしてきた。  でもそんなわたし達に、沙百合さんはクスリと微笑んで見せた。  そして、ふいと、横に座ってお茶を飲んでいたさーやを見つめる。 「ふふ……さーやちゃんが西九条のお嬢様。ですか……通わせていた甲斐が、 有ったかしら」 「どういう意味ですか、かー様」  急に話題を振られたさーやは、少し憮然とした表情で片眉を上げて見せた。  さっきから、さーやはどこか機嫌が悪く見える。  たぶん、玄関先での不意な情報漏えいが原因なのだろうけれども……  などと思っていると、沙百合さんはふふっっと悪戯っぽっく微笑んだ。 「あら、文字通り、ですけれども。ねえ、聞いてくださるかしら、蒼さんたち」 「は、はい?」 「……かー様?」  なにやら楽しげで意地悪げな笑みを浮かべながら、沙百合さんが軽く顔を寄 せてくる。  それに釣られて、わたしも少し身を乗り出す。 「実はね、さーやって皆さんお前ではきっとお澄まししてるでしょうけれど。 本当はね、ものすごい恥ずかしがり屋なのよ」 「――えっ?」 「かー様っ!」  沙百合さんの言葉にわたしは驚き、さーやも別の意味で驚いたようだった。  そんなわたしたちの様子を見て、沙百合さんは楽しげに微笑んだ。  そして、少し遠い目をしながら続けた。 「小さいころのさーやちゃんはね、それはそれは人見知りが激しく、内向的で ……親のわたくし以外の人とは、満足に話せないほどだったの。生まれた時に 体が弱くって、それで過保護に育てすぎたせいも有ったのだけれども……」 「――もう、知りません」  言っても話すのを止めないと分かったのか、諦めたのか。  さーやはふいっとそっぽを向いてしまう。  そんな様子を眺めながら、沙百合さんは続けた。 「うん、ちょうど今みたいに。ちょっと怒られたり注意されるだけで拗ねちゃ って。内にこもっちゃうの。それはそれで可愛かったのだけれどもね」 「へ〜。さーやが、ねぇ。意外というか、なんと言うか……」  愛美はまじまじと、拗ねたさーやを見つめる。  わたしも、意外だった。  あんなに丁寧でやさしい応対をするさーやが、恥ずかしがり屋で、人見知り が激しくって、我侭だったなんて。  ってまあ、昨日今日知り合ったばかりで、そこまで深く知り合えるわけでも ないけど。 「そこで、このままじゃいけないかと思って、さーやを西九条に入学させるこ とにしたのよ。本当は手元で育てて上げたかったのだけれども、その頃の家は 人手が足りなくって。さーやちゃんにかまって上げる時間も、あまり取れなか ったの。だから夫と相談して、情操教育もしっかりやってくれる、西九条に預 けようかって。それに、西九条には姉も先に通っていたので、ちょうど良いか と思ったの。ただ……」 「ただ?」  わたしの問いかけに、沙百合さんは困ったような、申し訳ないような表情を 浮かべる。 「うん……西九条は、知っているかもしれないけれど、とても厳格なところ。 学校には、保護者は入学式と卒業式くらいしか、行けなかったのよ。それに、 家から遠いということも有って、親戚に預けてしまって……そのせいで、寂し い思いをいっぱいさせちゃったの……」  『ごめんなさいね』と謝りながら、沙百合さんはそっぽを向いたままのさー やの頭を、そっとなでた。  さーやは……やっぱりそっぽを向いたままだったけど……ぽそりと、つぶや いて返した。 「――でも、かー様。忙しい合間を縫って、たくさん親戚のうちに会いにきて くれました。……だから、さーやはかー様が好きです」  たぶん、恥ずかしいのだろう。  さーやの横顔は少し赤くなってて、表情も拗ねてはいるけど、どこか気恥ず かしいものが漂って見えた。  そんなさーやに、沙百合さんは『ありがとう』と囁いた。 「結局……西九条の教育と、親戚の方々のおかげで、さーやの内気は少しは解 消されて、性格も幾分社交的になったの。でも……聞いているかもしれないけ れど……さーやには、友達は出来なかった。――蒼さん。なぜだか、分かる?」 「え?」  いきなり話題を振られて、わたしは驚いてしまった。  なぜかって聞かれても、想像もつかない。  ただ、昨日の話では…… 「さーやの話では、派閥に所属してなかったとか、どうとか……」 「ええ――確かにそれもあるの。でも本質は、ぜんぜん違うところに有るの」 「違う……ところ?」  わたしのつぶやきに、沙百合さんはこくりとうなずいてみせる。 「簡単に言うと。競争が激しすぎるのよ。あの学校は」 「競争が……激しい?」  訳が分からない私は、ただオウム返しに聞き返してしまう。  横にいる愛美と恵美も、何の事かと首をひねった。 「西九条のモットーは、礼節と貞節。けれども実際は、社交界で勝ち抜く淑女 を育て上げる場所。それゆえ、日々の段階から、競争を意識させる仕組みに成 っているの。つまり……隣人であっても、将来はライバルになりうる。だから、 ただ仲良くする、なんていう発想はないの」 「そ、そんな……だって、学校なんでしょ? 西九条も。それに、外で見かけ る西九条の人たちって、そんなにぎすぎすして見えませんでしたよ?」 「だよな。確かにお高くとまって見えることはあったけど……でも、そんなに あからさまには……」  沙百合さんの言葉に、わたしと愛美は異論を唱える。  けれども、沙百合さんはふるふると首を横に振った。 「あるの……ううん。有ったの。断言できる」 「ど、どうしてなんです?」  わたしの素朴な疑問に、沙百合さんは自嘲気味に答えた。 「それは……わたくしが、西九条のOGだからよ」 「えっ?」  意外な――いや、あるいは想定できたけれども、気づかなかった一言に、わ たしたちは驚きの声を上げる。 「経験者は語る……とでも言えばいいのかしら。あの学校に有る交友関係とは、 自分にとって有益か、無益か、それとも、無関係か。だから派閥というものが 生まれ、それに所属しないものは、あからさまな無視こそないけれども、重く 扱われない……それを、何度か諭したのだけれどもね……」  さーやは昨日、自分で言っていた。  派閥のようなものが嫌いだ、と。  それを察したのか、さーやはむっとした声で言った。 「けれど、真の知人とは、友人とは――損得抜きで付き合う相手だと、教えて くれたのもかー様です。さーやは、後者の言葉を信じた。それだけです」  そむけていた顔を戻して、さーやは沙百合さんと……  なぜか、わたしたち3人を見回す。  その視線の流れを見守っていた沙百合さんは……少し、自嘲的な笑みを浮か べた。 「……確かにね。本当の友達は――蒼さんたちの事を言うものよね」 「えっい、いや……その……」  そんなことを言われると、何というか……照れてしまう。 「実際、わたくしが通っていた頃も、今も。殆ど変わらなかったでしょうね。 わたくしの場合、派閥というか、同じ目的を持った知人が幾人か居たので、さ ーやちゃんよりは……だったのだけれども」  そのころを思い出してなのか、沙百合さんは懐かしさと寂しさが入り混じっ た、複雑な表情を見せていた。 「ただ――西九条はそのような悪しき面も有るのだけれども、でも学校として 素晴らしいことも否定しないわ。でなければ、もうつぶれているわけですから ね。それに、人生の縮図と思っておけば、悪いともいえないわけですし」 「いや、まあ……その」  ずいぶんとずいぶんな言い分に、わたしが二の句を告げられないでいると。 「ふふ……たしかに、幼いころからそういうことを教え込むのもどうかとは、 今は思いますけれど。でも社会に出て、分かったわ。人生は、奇麗事だけでは 生きていけない……そして、過去、その経験をすでにしておいたからこそ。今 のわたくしは、こうやって居られるんだって」  人生の重みを感じさせる声で、沙百合さんがいう。  そこにどんなドラマがあったか。  まだ若いわたし達には、理解できなかった。 「うん、ですよね。人間、色々な側面が有って、人なんですよねー。みんなと 仲良くって言うのは理想だけど、実際は利害関係で結ばれてるんですよね。結 局友人や知人って言うのは、いざというときの保険みたいなものですからねー。 殆どは」  ただ一人、なんだかみょーに実感のこもった言葉で、恵美が受けた。  ……いや、実感というか、重みというか……その声の重さは、沙百合さんに 通じるものが無くない?  戸惑うわたしを尻目に、沙百合さんはくすり、となぜか楽しげに笑みをこぼ した。 「若いのに、よく勉強してらっしゃるのね、恵美さんは……」 「そんなことないですよぉ。私の権謀術数なんて、ただの独学ですし……こん なお話を聞くと、西九条でもよかったかなぁとか思っちゃいます」  『色々勉強できそうだし』と、朗らかに笑う恵美の笑顔も、今はどこか違っ たように見える。  それはまるで、時代劇の悪代官か何かのようにっ。 「ふふ……貴方が西九条にいたのなら、きっと一大派閥を作れたでしょうね」 「いえいえー。私のモットーは、裏から、こっそりと、ですよぉ。おおっぴら な派閥なんて、ただの張子の虎です。派閥の肝は、その情報の共有力。逆に人 員の運用は最小限が、戦略の基本です」 「くす。なんだか、貴方とはさーやちゃんを抜いても良いお付き合いができそ うだわ」 「ふふっ、私もそんな気がします〜」  『うふふふふふ』などと、2人は楽しげに、でも聞いてるこちらとしては恐 ろしげな笑みを浮かべる。  な、なんだかよく分からないけど通じ合ってるっ!? 「――かー様、凄く楽しそう。あんなかー様、初めて見ます」 「あ、アタシも……アタシの知らない恵美が、ここにいるっ」  いつの間にか、ちゃぶ台のこっち側に退避していたさーやが、愛美と手を取 り合っておびえていた。  おおう、こっちの2人も衝撃を受けてますで……  そんな、恐れおののくわたし達を見咎めて、沙百合さんはこほんと1つせき をした。 「……まあともかく。昨日さーやちゃんが帰って来て、楽しそうに貴方がたの 話をしてくれていたのです。一生懸命に、目を輝かせて……それがね、凄く、 嬉しかった……」  一転、『母親』の笑顔を見せながら、沙百合さんはわたし達を見つめる。 「わたくしは、わたくしのの事情で――我侭で。さーやちゃんを西九条に入れ てしまった。結果、性格は矯正されたのかもしれませんが、ぬぐい切れない寂 しさを与えてしまった……」 「かー様……そんな」 「ううん……事実よ。でも……」  言いながら、沙百合さんはわたし達――ううん、『わたし』を見た。 「さーやは、昨日言ってくれたわね。『初めての、友達が出来ました』って。 今までの苦労も、愚痴もいわず……ただ、嬉しそうに。それがね……わたくし も、嬉しい――」 「かー様……」 「だから、蒼さん。それに、愛美さん、恵美さん」  じっと、わたし達に視線を送ってから……沙百合さんは、深々と頭を下げた。  そして、ゆっくりと顔を上げて……少しなみだ目になりながら、言った。 「ありがとう――そして。さーやちゃんを、よろしく頼みます」 「しかし……さーやって、思ったより大変な思いをしてきてたのね」 「だな。人に歴史有り、って言うのかな。こういうの」  わたしは思わず、愛美たちにそんなことを呟いていた。  さーやの家を辞した、帰り道。  あの後、『夕飯もどうですか?』と誘われたのだけれども、辞退した。  本当は一緒したかった、というのが本音だけれども、なんだか気恥ずかしか ったからだ。 「ふふ。歴史の深さじゃ、お母さんのほうが壮絶っぽかったけどねぇ……」 「なんか恵美、すっかり沙百合さんと意気投合してるわね……」 「クスクス……今後も良いお付き合いが出来そうだよぉ」  代わりに、その少し前まで、いっぱいお話をした。  わたし達のことも、さーやのことも、いっぱい。  もちろん、まだまだ話したり無かったし、知りたいことも沢山あったけど。  でも、また1つ、さーやと仲良くなれたような気がした。 「ん……でも、人生はそんなものだと思うよ。苦労やつらい経験しない人なん て、いないもん」 「まーな。事の大小こそあるだろーけど、無い人間てのは、居ないわよね」  なんていう恵美も愛美も、どこか感慨深げに、暮れていく空を眺めていた。  たしかに、それは事実なのだろうと思う。  つらい過去のない人なんて、居ない。  それがどんなに些細なことでも、どんなに重いことでも、つらいという意味 には変わりないと思う。  ――わたしにだって―― 「でもま。それだけの経験してきて、あれだけ明るいってのは、さーやのいい ところかもな」 「だねぇ。普通はもう少しふさぎ込んでても良いのに。それに、いやみじゃな い所も好感持てるよね」 「うん。お母さんもすっごいいい人だったしなぁ。良いなぁ、家の母さんと変 えてくれないかなぁ」  『あーあ』などと言いながら、ずいぶんと不遜なことを言う愛美。  それを、恵美がたしなめた。 「もう、そんなこと言っちゃ駄目だよ。ママはちゃんと私や愛美ちゃんを愛し てくれてるんだから」 「そうかぁ? なんだか恵美ばーっかりひいきしてる気がすんだけどなぁ」 「それは愛美ちゃんがやんちゃだからだと思うけどなぁ……あれ、どうしたの、 蒼ちゃん。黙り込んじゃって」 「――えっ?」  ――わたしにとっては――不意に声をかけられて、わたしはびくとしてしま った。 「あっ、ご、ごめん。ちょっと考え込んでた」  わたしはあわてて取り繕い、ぎこちない笑みで返した。  ほんと、我ながら不自然極まりない。  案の定、それを見咎めた愛美が、にやり、と笑った。 「ほう、珍しいことも有るものだ。蒼が考え事なぁ」 「ふうん……何を考えてたの? さーやちゃんのこと? それとも……恋の悩 み?」 「……何を馬鹿なこと、言ってるのよ、全く」  てんで的外れなことを言う愛美に、わたしはあきれてしまった。  しかしその様子を見た愛美が、『ふむ』と一息ついて見せた。 「恵美のあおりに噛み付かない……そっか。真面目なことなのだな」 「ぐっ……」  愛美の一言に、わたしは図星を疲れてどもってしまった。  それを見て、恵美もじっとわたしを覗き込んできた。 「ふーん。蒼ちゃんが真面目なこと、かぁ……何を考えていたのかな?」 「……別に良いでしょ。つまらないことなんだから」  ぷいっと、わたしはそっぽを向いてしまう。  別に、詮索されたくないことだったわけじゃないけれど……ただ、なんとな く意固地になってしまう。  そんな気持ちを察してか、愛美は『仕方ないな』なんていった。 「なら聞かない。ただ、塞いでる蒼は、蒼らしくねーぞ?」 「うん。話したくないなら聞かないけれど、それに囚われちゃ駄目だよ」 「――分かってる」  アンニュイな気分になったわたしは、少しぞんざいに言って……  最後に、『ありがとう』と付け加えた。 「うむ、よろしい。とりあえず、帰るか。そろそろ日が暮れちまうからさ」 「だねー。早く帰らないと、殺人鬼さんに会っちゃうかもだし」 「さんて……そんなのに、わたしは会いたくないわよ。まったく」 「はは、そりゃアタシも勘弁だな。じゃさっさと。カエルが鳴くからか〜えろ 〜っと」 「また古い歌を……ホントにババ臭いわね、愛美って」  少し真面目になったと思ったら、すぐこれですか。  思わずあきれて言うわたしに、愛美はむきになって反論しだした。 「やかましっ、懐古的だって言えっ!」 「えー? どうみたってババ臭いじゃないのよ。高等部にもなって、カエルが 鳴くから〜なんて、普通言う?」 「いいだろっ、童心を忘れないことは重要なんだぞっ! 若さのひけつだっ」 「若さってアンタ……まだ15の娘が言う台詞とは思えないわね。そういうと ころもババくさ〜」 「だからババ臭いっていうなっ!」  わたしの発言に、いちいち反応する愛美。  ふ、普段いじられている分、ここぞとばかりにいじり返してやる。  なんて思っていたら、恵美があごに指を当てながら、ぽそりといった。 「でも、愛美ちゃんて民謡とか童話とかが好きだよねー。お部屋の押入れにも、 いっぱい、童謡のCDとか、えほ……むぐっ!」 「こらっ恵美っ! 蒼にも内緒のことをばらすなっ!」 「ほほう……それは面白いことを聞いたわね。今度愛美の部屋に行ったら、捜 索でもしてあげましょうか。徹底的にっ」 「さ、させるかっ! あたしのコレクションには指一本触らせないからねっ!」 「まあまあ、愛美ちゃん。少しくらい見せてあげても良いじゃない」 「良い訳有るかいっ! 大体アンタが余計なことを言うからぁっ!!」 「ひやぁぁっ! ぼ、暴力は反対だよぉっ〜!」  などと、結局は最後はじゃれあいになり。  わたし達は騒がしく帰宅の途につくこととなった。 続く