〜〜Zephyranthes〜〜
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さく、さく、さく……
未だ誰も足を踏み入れていない雪道を、黒いブーツで踏み越えていく。
どこまでも続く雪道は、世界の果てまで続いているように思えた。
どこまで歩いても果てが無く、そして何処までいっても私は一人。
道の果てまでいっても誰もいなく、私はただ一人、この世界にいる。
白い雪の中で、私はただ一人歩いていくのだ。
あ・い・ん
――そんな事、無いのだけれどもね――
慣れないこと……と言うよりも、らしくない行動のせいだろうか。
思考もどこか調子が外れている感じを受けた。
見知らぬ街、見知らぬ道、見知らぬ土地。
そもそも、私用で外を出歩く時に琥珀も誰も付けていないと言うことは初め
ての経験だった。
そのせいだろうか、なんとなく不安なのに、とても開放感を感じてしまう。
――現金なものよね、我ながら――
誰も見ていない、誰もそばにいない。
それをいつも望んでいるのに、いざそうなると不安を感じる……
でもその不安感が心地よく、それが開放感を伴って身にしみていく。
背反するその感覚を味わいたくて……私は、この地に来なのかもしれない。
もっとも、『この地』に来た理由はそれはそれで、あるのだが。
父、槙久の分骨……
遠野家の当主に代々引き継がれてきた、一種の慣例。
遠野の本家から遠く離れたある地――つまりは、今私のいるこの土地――
に、遠野家の眷族達が祭られている墓がある。
遠野家の当主は自分に近しいものが死した時、『遠野家の墓』と言える場所
に分骨を行う。
父である槙久が死んだので、その役を私が負う事になったのだ。
――もう一人くらい死んでるけど…アイツは骨も残らなかったらしいし――
などと、ある種不遜な考えが頭を過ぎったりもする。
ただ私は初め、そのつもり……分骨をしに来るつもりは毛頭無かった。
つまりは、わざわざこの地まで嫌いな槙久の骨を持ってくる、などと言う徒
労をする気はさらさら無かった。
ただこの土地が温泉街で、それなりに遠野の家でも贔屓にしているホテルが
在り、学期の終わりから始まり掛けて何となく時間が出来、兄さんや琥珀が何
処か旅行にでも行こうかと漏らしたから……
だから旅行のついでにと思い、ちょっと一人になりたくてわざわざやって来
たのだ。
そう、『ただの』ついでだ。
――別に義理立てするつもりじゃ、無いけれど――
本当なら、ついででもそんなことしなければ良い。
でも何となく遠野家の慣例に従って、来てしまった。
口先や心内で何を言っても……やはり父は父、と言うことなのだろうか。
どこかではやはり何がしかの拘りが有るのかもしれない。
もっとも……
――それ抜きでも、いいところよね……ここ――
来た理由はともかく、この街は良い所だと感じた。
街も人も、そして空気も空も……
住んでいるあの街とはやはり違った。
いってしまえば、二流どこの温泉街のはずなのに……
どれも新鮮にみえ、なにげなしに気が踊る感じがした。
父、槙久もこの土地が気に入っていたと聞いた。
詳しい理由は聞いていないし、知りたいとも思わなかった。
でも……いや、きっと。
今の私と同じ気持ち、なのだろう。
理由は分からない――でも、魂が安らぐから。
そんなところだろう。
――皮肉なものよね……忌み嫌っても、結局は親子って事かしら――
その事実に思い至ると、何か遣る瀬無い感じがした。
やはり私は、この骨の主がどこまでいっても嫌いらしい……
手の中の箱を振りつつ、そんな事を考えた。
雪道が不意に途切れ、今度は雪の階段が現われた。
正確には、雪の積った石段なのだろうが。
――ここが、そうなの?――
この上にお寺が在るはずなのだが、視線の先には雪の階段が見えるだけだっ
た。
正直なところ、これを上るのは気が引けた。
来る時も若干の坂道で、しかも雪道に慣れていないので苦労したのに、この
上更に階段となると……
正直、自信が無い。
――まったく、雪を『略奪』してやろうかしら――
そういう考えが頭によぎったが……即座に止めた。
そんな事をしてもし兄さんや琥珀にばれたら、また何を言われるか分かった
ものじゃない。
小言は言うのは好きだけど、いわれるのはあまり好まない。
――それに、もし誰かに見られたら事だし――
兄さんにも、変に力を使うなと止められてもいるから。
などと一番もっともらしい理由を考えつつ、私は諦めて雪の階段に足を踏み
入れた。
さく、さく、さく……
黒いブーツで、今度は雪の階段を踏み越えていく。
まっさらで汚れの無い雪を、黒いブーツが侵蝕していく。
その事を考えると、何処と無く心が躍る。
私が始めて、一番にと言う事実を心地よく感じる。
征服感と言うか、何と言うか……
そんな大仰な事でもない。
たんに『楽しい』と感じるのだ。
――私も……まだまだ子供と言うことかしら――
兄さんが見ていたら、きっとそういうだろう。
そして私はきっと頬をふくらませて怒るのだ。
本当は、そういう扱いをされることが嬉しいのに、素直になれなくて……
その様子を想像すると、何と無く恥かしいような、淋しいような、心地よい
ような気がした。
――ふう、これじゃ本当に子供よね――
私らしくない思考パターンに思わず苦笑いが出てしまう。
でも、『私らしい』とは一体どういう事だろうか。
翡翠の前で、琥珀の前で、親族の前で……そして兄さんの前で。
遠野家の当主らしく振る舞っている私。
でもホントウは、私だって16歳の女の子なのだな……そう思うことがある。
ちょうど、今の様に。
遠野家の当主、と言う立場を重荷に感じないと言えば嘘になる。
そんなものかなぐり捨ててしまいたい、そう思う事だって少なからずある。
でも、遠野家の当主であることが辛いかと言われれば、そうでも無い。
別段無理してやっていると言うわけでもないのだから。
私にとって遠野家の当主、と言う立場は――
最早血肉に染み付いたものであり、そう有ることに苦痛を感じることはない
のだ。
――そもそも、私が『秋葉』でいるには『遠野』じゃないといけないのよね――
物心付いた頃から、私は槙久によって帝王学を学ばされた。
遠野家の当主である為の心構え、立ち居振舞い、その他諸々の躾、教養。
遠野たれ、遠野家の当主たれ、一族の盟主たれ。
耳を塞いでも目から、目を塞いでも身体で……そして魂の髄まで。
父、槙久は私を『遠野』の当主として作り替えたのだ。
最早私からは『遠野』と言う言葉が切り離せなくなっているのだろう。
そう――槙久の思惑どうりに、私は遠野家の当主としての生き方しか、出来
なくなったのだ。
それは槙久が死んでも解けることの無い呪縛となって、私を縛り上げている
のだ。
永遠の鎖となって。
――まったく。生きてても死んでからも迷惑な男ね――
もっとも、死んだ人間に文句を言っても仕方が無いのだけれども。
そんな事を心の中で思いつつ――
私は、その鎖を断ちきる為にここに来たのだ、と思い直した。
石段を登り終えると……
――あら? 雪が――
境内も雪に埋もれているものと思っていたが、予想に反して綺麗に雪かきが
されていた。
石の階段――というか雪の階段――から先は、境内や墓の前までが綺麗に払
われていた。
丁重なことに、墓の上の雪までもがどけられている。
――そこまで出来るんだったら、何で階段まで――
とも思ったが、社務所の枯れ具合を見てなんとなく察しが付いた。
きっとご住職も良い御年齢なのだろう。
だからこそ、境内――と言う表現は正しくないだろうけど――は綺麗にされ
ているのに、階段は身体の加減も有ってしてないのだろう。
もっとも、気まぐれなだけかもしれないのだが。
――ま、良わね……さてと。件のお墓は――
そこまで考えて、はたと気付いた。
そもそもその墓が何処に有るのか、私は知らなかったのだ。
この寺のどこかにそれが有る、と言うことしか知らない。
まあ、気まぐれで来ようと思った程度なのだから、事前の調査などは一切し
ていない。
むしろ心の何処かで『こうなってしまえ』と思っていたくらいなのだから、
当り前の結果と言えた。
ただ、その思いと実際に見つからないこととは、少し訳が違う……
――参ったわね。どうしようかしら……いっそその辺に捨てていってやろうか
しら?――
わざわざもって帰るのもめんどうだから。
半ば本気でそう思い掛けていた時……
「もし、お嬢さん」
背後から、枯れた声が聞こえてきた。
不意な出来事に驚き、身を翻すと……
「ほう……これはまた美しいお嬢さんですな。じゃがこのような場所には似つ
かわしくないが……何かご入用ですかな?」
人懐っこい笑顔を浮かべた老人が、私の前に立っていた。
いや、僧服姿なところを見るとこの寺の住職なのだろう。
――一体いつのまに……油断してたとはいえ――
背後をあっさり取られた事に、私は驚いた。
多分相手に敵意が全く無かった所為なのだろうけど……
注意力が散漫だったか。
「あ……あ、えっと。すみません、ご住職さまでいらっしゃいますか?」
「ん、そうじゃが、お嬢さんは――」
「はい、この寺に親類の墓がある時いて、お参りに来たのですが……何分はじ
めてきたので勝手が分からず……」
「ほほ、そうかそうか……お若いのに殊勝なお方じゃな」
「いえ、そんな事は……」
住職の言葉に、私は思わず照れた笑みを漏らしてしまった。
ある種見え透いたおせじなハズの住職の言葉に、だが私は素直に感じ入って
しまう。
きっと……裏に何も抱えていないからだろう。
私の名前、私の立場……そう言った物を知らないから。
ただ、見たとうりの『若い女の子』としか見ていないから。
そういう人の言葉だからこそ、変に意識しないで聞くことが出来るのかもし
れない。
そういう意味では、私はいつも気を張ってると言うことなのだろう……
人の眼、声を気にし、相手が思うとうりの自分を作り上げる。
でも今はそれをしなくて、良い……
そう思うと、どこかスッキリできた。
「はっはっは。まあ何じゃ、お探し物なら手伝いますぞ? 愚僧も一応この寺
を預かっているもの、この寺の事なら何でも知っておるでな」
「……はい、それでは、一つ伺いたいのですが――」
御住職に案内されて……
私は、お寺の裏手……日陰の寂れた墓所群に案内された。
「ここ、ですか……?」
「はいはい、ここが遠野の当代達が眠ると言われている墓所です。しかし、お
嬢さんが新しい遠野の当主様だとはのぉ……」
「そうは見えませんか?」
「はは、全く見えませんな。お嬢さんは相応の顔の方が似合っておるように拙
僧には感じるが」
私が遠野秋葉だと名乗っても、住職はさして態度を変えなかった。
ただ、槙久が死んだことを少し憂いている程度だ。
住職自身は遠野家が何たるかを知っている様子だったが……
でも、それで態度を変えない人柄に、私は好感を持った。
そして……私は目の前の墓を見詰めた。
何処にでも有るような墓……ではなかった。
かといって、槙久の本当の墓ほどにも立派ではなかった。
――墓と言うより……塚ね――
そう、塚だった。
高さが私の頭くらいの、のっぺりとした塔のような墓所。
日陰にあるせいか、コケが生していて見るからに古めかしい感じがする。
意味も無く、歴史と威厳を感じさせる汚い塚だ。
――ふん、死んでからも権威を示したいの? まったく――
死んでからもえらぶる当主達を見ていると、なんとなく腹が立った。
槙久も過去の虚栄達と何ら変りが無かったのだろうか……そして、私も。
「ほほ……汚い塚じゃろ?」
不意に住職が呟いた。
先ほどまでの好々爺前とした声ではなく、どこか深みと年を感じさせる、重
い声で。
「えっ? え、えぇ……」
「失礼な言い方じゃと思うかな? ですがな、死んでしまえば神も仏も無いの
です。生きている頃の栄光、財産、地位や名声などは、死んでしまえばそれで
終い……」
「……はい。私もそう思います」
「うむ……ここに眠る者達は、皆それが分かっておらんかった……と言うわけ
でもない。分かっておったものもいたじゃろうて。まあ、お嬢さんお父上は分
かっておらんかったようじゃが……」
「まき……いえ、父を知っているのですか?」
思わず呼び捨てにしまおうとして、訂正をほどこす。
体裁云々よりも、この人の前で不遜を働くのがなんとなくはばかれた。
「無論じゃて。良く来られては拙僧と話をなさっておったよ。色々と悩んでお
った様じゃな。まあ拙僧には分かり得ぬ深い悩みでは有ったが」
「そうですか……父が……」
以外、と言えば意外だろうか。
あの傲慢と威厳、そして親族への卑屈が服を着ていたような槙久が、誰かに
弱みを見せることが有ったなんて想像が付かない。
「お父上は、お嬢さんが思っておるほどに人間味が無かったわけではないぞ?
話の中に良くお嬢さんの事が出てきた……心配だ、どうするか、そういう話ば
かりだったがの。まあ、結局は納まるとうりになった様じゃが……ただの」
「ただ……?」
「さっきもいうたとうりじゃ。お父上は分かっておらんかった。自分の考え、
自分の地位を娘に押し付ける……それが不幸や苦痛の種に成ると分かっていな
がら、それをやった。たんに、遠野と言う虚栄を守る為にの……死してなお、
自分の影響が残るべくな……そんな物、なんの意味も持ちはせんのにのぉ……」
まったく、拙僧も修行が足りんかったわ……
住職がそう呟くのが聞こえた。
――ご住職が悪いのでは有りません――
そう言いたかったが……言えなかった。
その言葉が口を付きそうになったが、出てこなかった。
ただ一つ……
「……ほんとう……ですね」
そんな言葉が、口をついた。
槙久の骨を住職に預け。
私は、なんとなくお墓の中を練り歩いていた。
――死んでなお虚栄を張る……か――
住職がおっしゃったその言葉が、何と無く心に残った。
虚栄……家柄……家名……地位……当主と言う立場。
そういう物は、一台限りにしか本当は意味を成さない。
でもそういう物は、後代へと受け継がれていく。
血の繋がりの元……後々へと。
――でも、やっぱり一人にしかそれは受け継がれない――
綿々と続くそういう流れでも、それ自体は一時代に一人。
遠野の当主が死なない限り、次の当主はやってこない。
槙久が死ななかったら、私は未だ当主ではなかった。
そして……
――私は死なない限り、当主を辞められない――
私と言う一人の遠野家当主がいなくならない限り。
私と言う女はただの秋葉には戻れない。
それは、私が死んだ時にしか叶わない……
――私は……ずっと一人なの?――
目の前に広かる、墓の列。
この中には、それぞれの家族の人が眠っているのだろう。
親が、子供が……そして、夫婦が。
彼等は、一人ではないのだろう……
そう思うと――羨ましかった――
――らしく、無いわね――
本当にらしくない。
こんな弱気なのは、私じゃない。
でも……なぜか……
この方が本当の私じゃないのかと、錯覚してしまう。
一人で、小さくて、弱い……ただの女の子。
それが、本当の私なのではないか。
遠野家の当主で、浅上女学院の生徒会長で、琥珀達の前で気丈に振る舞って
いる私は、嘘の私なのではないか。
誰も……誰一人として、私を、本当の私を知らないのではないか。
そんな風に思ってしまう……
わたしは、やっぱり、ひとりなのかもしれない……
そう思うと……凄く、哀しくなった。
本当の自分の立場を理解してしまい……
私が一人だと実感してしまい……
誰も私の側にはいてくれない……いられはしない……そう思うと。
なんだか涙が出そうだった。
――滑稽よね。いつも強がってるくせに、こうなっちゃうと泣くことしか出来
ないなんて――
情けない、でもそんな物かもしれない。
しょせん、私は遠野じゃないと秋葉ではなから……
遠野をとった私は、誰でもない、ただ一人の秋葉になってしまうから。
翡翠も琥珀も、瀬尾も……多分兄さんも。
遠野秋葉の私しか、知らないのだから。
その時……ふと、視界に何かが入ってきた。
黒とグレーの人影……一つは背が高めでがっしりとしていて、もう一つは緩
やかなボディーラインをしていた。
その二つの影は、寄り添う感じで腕を組んでいる。
明らかな、男女の組み合わせ……
――こんなところに、カップル?――
なんて場違いな……と思う反面、自分も場違いではあるなと思ったりする。
それに、さっきの今で、仲の良いカップルを見てしまうと……
遣る瀬無く感じてしまう。
――嫉妬? まったくみっともないわね、遠野秋葉――
心に浮かんだ物を振り払うように自虐してみる。
そもそも、こういうのは日常から慣れているはずなのに。
家で、目の前で……
兄さんと……そして――
そこまで思考が飛び掛けた時。
影のうちの片方……女の人……が、こちらに気付いた。
……逆か。影が近づいてきたので、こっちが気付かれたのだろう。
視線を感じて目を向けてみると、女性の私から見ても、綺麗だと思うくらい
整った顔の人だった。
その人は何故か不思議そうな顔をしてから――
にっこりと微笑んで、少し頭を下げてきた。
――あ……――
その動作に見とれてしまった私は一瞬反応できなかっが、思い出したように
頭を下げた。
だらしない、私ともあろう者が何を取り乱しているのだろう。
でも女性の方は気にするでもなく、それではと呟いてから、男性と歩いてい
った。
……なぜか、負けた気がした。
つ・ば・い
良く分からない墓参り。
良く分からない過去の話。
良く分からない自分の気持ち。
良く分からない一瞬の邂逅。
そして――
良く分からない敗北感。
そんなスッキリしない気持ちを抱えたまま、私は来た道を戻っていた。
――なんでこう、変な気持ちになるのよ――
未だ雪の残る石段を降りる。
来る時はまっさらだったそれは、私の足跡と……他に2つ。
さっきの男女の足痕が付いていた。
――ああもうっ! やっぱり槙久に関わるとろくな事が無いわっ――
純白だった坂道の雪も、3つの足痕が付いている。
一つは私の、もう二つは、寄り添うようにくっついていた。
男性の方と思われる足跡は、女性のそれにちゃんと合わせていた。
――だいたい、なんで私が一人だなんて思わなくちゃいけないのよ――
意味も無く憤慨した私は、わざとジグザグと道を歩いた。
残っている3つの足跡を踏み消すように。
それこそ、子供じみた歩き方で。
――私には友達もいるし、翡翠や琥珀、そして兄さんだって――
でも。
さっきの2人のような人は、いない。
側に立ってくれる人は、いない。
――…………――
恋人。
伴侶。
夫。
運命の人。
そう言った人は、いない……
――だから……なんだって言うのよ――
そう……そんな事は、本当はどうでも良いはずだ。
遠野秋葉として、遠野家の当主として、独りで生きていっても良いはずだっ
た。
別に無理に婿を貰う必要も無いし、無理に恋人が欲しいとも思わない。
それなのに。
無性に、淋しかった。
――馬鹿見たい……何よ、子供染みて――
無性に、悲しかった。
――そんなの、そんなのどうだって、良い……ハズなのに――
一人はいやだ……そう思ってしまった。
その時――
「あ……いた。お〜い、秋葉っ!」
「えっ……」
今、一番聞きたくなくて――
心の底から聞きたかった声が、聞こえてきた。
「はあ、はあ……なんだ、こんな所にいたのか」
「兄……さん?」
息を切らしながら掛けてきた、少年といっていい顔つきの青年。
兄さんと呼んでも、血の繋がらない人。
遠野志貴がそこにいた。
「ど、どうして兄さんがここに?」
――今日何度目の、私らしくない言動だろう――
そんな事を思いつつ、あからさまに動揺した感じで私は聞いた。
「うん? いや、当てずっぽうで探してただけだけど……それはともかく、誰
にも声を掛けずにいなくなると心配するだろ?」
「あっ、す、すみません……」
他だの散歩がてらで、時間も1時間ほどしか経ってはいない。
だから本来謝る必要も無い。
でも私は、素直に謝ってしまった……
「はあ、まあ良いけど。秋葉に何かが有るって事は、まあないだろうしな……
でも、今度からは誰かに一言くらいは言っておくんだぞ?」
「……はい……」
そんなお説教を受けなくても、ちょんと分かってはいた。
だからいつもだったら小言の一つでも返しているのだけど……
その時の私は、なにも言えなかった。
「……秋葉? どうしたんだ? なんだか妙にしおらしいけど……」
案の定というか……いぶかしむように、兄さんは私の様子をうかがってきた。
でも、私はやっぱりなにも言い返せず……代わりに。
「そんな時も……有りますよ?」
と、何故か笑みを湛えて、いっていた。
「ねえ、兄さん。腕を組んでも宜しいですか?」
「えっ? 良いけど……わっ!」
「くす……どうしたんですか? 良いといったからしただけですけど」
「こ、こら秋葉っ、その……」
「その、何ですか?」
「……恥かしいだろ?」
「ええ、そうですね。でも、兄さんとだったら恥かしくっても、良いです」
「…………ったく。今日だけだぞ?」
「くす……はい」
他愛も無い会話をしながら、帰路に着く私達……
会話だけ聞くと、恋人の様に聞こえるだろうか。
でも、私達は兄妹。
理想は恋人……だけど、今はこれで良い。
妹としてでも、兄さんが私を見てくれる。
それだけで……私は、やっぱり一人じゃないと確信できるから。
ありがとう、兄さん……
――して、ます。
――うん? いま何か言ったか、秋葉――
――いいえ、な〜にも言ってませんよ――
いつか願いが叶います様に……