〜〜Zephyranthes〜〜
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いつの頃からだろうか。
眠れない夜には、当ても無く散歩をする癖がついた。
広い屋敷の庭を歩きながら、白い月を眺める。
飽くことなくいつまでも……夜が明け、月が隠れるまでずっと。
そうすると、心が休まるから。
月下
あの忌まわしい事件から、もう何年経っただろうか。
あれ以来変った事も無く、平穏無事に過してきた。
死にそうな目にも、吸血鬼や化け物にあう事も無く。
この目に宿るあやかしの力も、振るう事無く生きてきた。
口うるさいけど本当は優しい秋葉。
無表情に見えるけど、一途に俺を助けてくれる翡翠。
いつも明るく、美味しい料理を作ってくれる琥珀さん。
いつも一緒に居てくれる、優しい家族達。
そんな家族に囲まれての生活は、何物にも代え難い幸せのはずだ。
金がどうとか、家がどうとかを越える、暖かみ。
あの事件の前にはどうしても手に入らなかった、家族と言う物を手に入れた。
でも、心の何処かでは何かが足りないと思って、生きて来た。
学校を卒業し、大学にも行き。
一流と言われる企業にも就職できた。
とんとんと出世もし、一財産を気付く事すら出来てしまった。
一重に、それは遠野と言う名前のおかげだ。
本当の俺ではない、俺の名前。
それを考える度に、自分の事が分からなくなる。
俺は一体誰なのだろうか、と。
遠野志貴……そう言われる存在が、俺の本当なのだろうか。
そんな情けない事に心を囚われる事が、いまだにあった。
あの事件で、もう全て終わったはずなのに。
ロアも死に、シキも死んで、俺が生き残った。
遠野の忌まわしい血も、自分の生い立ちももう過去の事だ。
新しい思い出や出会い、別れで俺の欠けていた部分は埋められた…
はず、なのに。
何かが足りない。
何かを欲している。
誰かに逢いたがってる自分が居る。
もう二度とそいつとは逢えないって分かってる。
しかし年月を重ねるほどに、この思いは募ってきた。
逢えない事が口惜しく、どうしようもない自分に歯噛みをした。
でも、ちっぽけな俺にはどうする事も出来ない。
遠野の名前も、この目に宿る忌まわしい力も、何の役にも立たない。
所詮、俺と言う人間はこの程度なのだろうか。
違うと言いたかった。
思えば何でも出来ると信じたかった。
叶わない夢は無い、と。
でも……
それは、やはり叶わないのだろうか。
もうにどと、あの姿を見る事が出来ないのだろうか。
心の中に残る、アイツの姿……
淡い満月の下で微笑む、白い吸血鬼。
俺は、アイツの事が忘れられない。
でも、アイツはもう二度と目覚めない。
目覚めたとしても、俺が生きているうちではないかもしれない。
彼女は、言っていた。
永遠の夢の中で、楽しい思い出と共に眠ると。
それは、幸せなのだろうか。
それとも不幸なのだろうか。
俺には、分からない。
分かりたくも無かった。
ずっと、一緒に居たかったから。
起きている、目覚めているアイツと、日の下を歩きたかったから。
でも、もう叶わない。
もう、有り得ない。
それは叶わない夢…
だから、俺は月を眺めるようになった。
アイツを思って眠れない夜は、月の下を歩くようになった。
現実で日の下を歩けないなら…
せめて夢の中、月の下で…
そう、おもって。
いつの日か夢が夢で無くなる事を願って。
有り得ない現実が打ち破られる事を願って。
もう一度、アイツと逢える事を願って。
俺は眠れない夜には、月の下を歩くように成った。
そう決めたのは……
あぁ……そうか……
もぅ、60年も前の事だ……