〜〜Zephyranthes〜〜
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 コッチ、コッチ、コッチ

 規則正しく刻まれる音がする。
 何の事はない、ただの時計の音。
 でも何故だろう、その音が凄く心地よくて、とても不快に感じるのは。



 或る男達の見舞い



 コッチ、コッチ、コッチ

 時計が時を刻む。
 一秒、一秒、寸分の狂いも無く。

「……はぁ」

 人知れずため息が漏れた。
 慣れ親しんだベッド、変わり映えの無い俺の部屋。
 窓から見える景色も、まったくいつものとうり。
 ごく当り前の、風景。

 コッチ、コッチ、コッチ
 トン、トン、トン

 時計の音に混じって、ドアがノックされた。
 狙ったのかどうなのか、まったく同じタイミングで。

「……開いてるよ」

 ドアの向こう向って、何気なく声を掛ける。
 それに応じて、そいつは静かにやってきた。

「やぁ……結構元気そうじゃないか」
「ん…まぁな。いい加減なれたから」
「そっか……まあ、自分の体だもんな」

 したしげにそいつは言う。
 俺はベッドで上半身を起こし、そいつはドアの前で立ったままだ。
 その位置が、まるで俺達の定位置だとでも言いたいように。

「で…なんだ? 見舞いか?」
「それ以外に何だと思う?」
「さぁ……分からないから聞いてみた」
「はは……分かってるくせに。誰よりも自分自身が」
「まあな……」

 何気なく、意味も無い会話。
 でも、俺達にとっては自然な会話だったのかもしれない。

「で……起きれそうか?」
「いや……いい加減もう無理みたいだ。限界って奴かな」
「悲しい事を言うな…」
「こればっかりはしかたないよ。お前みたいに強い体、してないから」
「んー…まぁな。確かにこの辺とかこの辺のお陰で、お前よりは強くなってるな」

 そう言いながら、そいつは脇腹や右腕をさすっている。
 不思議な事に、そこには線が見えなかった。
 死の、線が。

「ネロの体で補った分、お前は俺より強いんだろうさ。それだけが、ちょっとだ
け悔しい」
「はは……まぁ、な。こればっかりはな……」
「あぁ、まったくだ……これも、俺が選んだ道だしな」
「はぁ……アルクェイドにも聞かせてやりたいよ。アイツ怒るかもな」
「さぁ、どうかな?」
「どうだろう。はは……」
「ま……俺は俺でアルクェイドの相手が大変でさ、正直この見舞いも来れないか
と思った。感謝しろよ? アルクェイドの誘い断って、無理してきたんだから」
「それが病人に対する言葉かよ……ったく」
「はは、違いない」

 他人が聞いたら、訳の分からない会話。
 でも、俺達にとっては良く分かってる会話。

 トントン

 不意に、開いてるドアがノックされた。

「お邪魔していいかい?」

 2人目の来客だ。
 彼は、俺の側までやってくる。

「やぁ……元気そうで何よりだ。2人とも」
「あぁ……君も見舞いかい?」
「そんな所だ。先輩に聞いてやってきたんだ。心配だったから」
「はぁ……優しいな……でも俺はもう駄目そうだよ」
「そんな事言うなよ……」

 俺の弱気な言葉に、彼は顔をしかめた。
 眼鏡越しの瞳が、悲しそうに歪んでいる。

「先輩も、お前が治る事を望んでるんだぞ? 気弱な事は言わないでくれよ」
「ん……スマン。でも、こればっかりは俺が選んだ道だから……」
「……ん」

 気弱げなおれの言葉に、彼はむっつりと頷いた。
 彼自身分かっているのだろう。
 俺の身体は、もう持たないと。
 でも……そんな体なのに、俺は目の前の彼を心配している

「それに、お前だって調子悪いんだろ? 先輩とやりあったときの傷、治りきっ
てないって聞いたぞ?」
「そんなのたいした事ないよ。今の君より全然ゲンキさ」
「そっか……それも羨ましいな……」
「まぁ……第七聖典は痛かったよ。何よりその後のアルクェイドの一撃がさ」
「良く生き残った物だよな……正直、信じられないよ」
「まぁ……俺もそう思う。でも、先輩を思ったら、生き残れたんだ」
「そっか……なんか惚気られてるな」

 ははっと、俺は笑う。
 そんな様子が悲しいのだろうか、彼はやはり、顔を悲しそうに歪めていた。


 トントン

 またドアがノックされる。

「こんにちは……お見舞いに来たよ」
「あぁ……君も見来てくれたのか……嬉しいよ……」

 3人目の来客に、俺は笑顔を向けていった。
 彼はベッドの側に立っている。
 その場所は、ある少女の定位置だ。

「ん……随分とひどい顔だな。本当に元気が無さそうだ」
「まぁ……正直そう。もう駄目だろうなって思う……」
「…………」
「俺には彼女がいないからな……お前みたいに元気でない」
「……悪い。なんだか、抜け駆けしたみたいだな……」
「まさか。そんな事ないよ。ただ俺とお前は違ってる、それだけだ」
「……あぁ。俺達が選んだ道、だからな」
「そうさ。だからお前はお前で、生きてくれよ……」
「…………」

 カレは諦めたようにため息を吐いた。
 拍子に、ガサリと音がする。
 手に持っている土産の音だろうか。

「なぁ…………それは?」
「ん? あぁ、土産。旅行の帰りだったからさ。ついでに見舞いにしてやれって」
「なんだ、ついでかよ」
「贅沢言うなよ? 俺と翡翠で選んだんだから」
「あぁ……だったら嬉しい。翡翠のなら」
「現金だなぁ……全く」

 カレははふっとため息を吐く。
 その様子はどこかやさしげだった。

「それで……旅行は楽しかった?」
「あぁ、最高だった。若干一名邪魔がいたけど」
「ひどい言い方だな……腐れ縁でも、あいつは友達だぞ?」
「まぁな。でも、楽しかったのは確かかな。翡翠も結構笑ってたし」
「ん……笑顔、見せてたんだ……」

 コクリ、とカレは頷いた。

「まだ、ぎこちないけどな。彼女なりに頑張ってる。過去の辛さを吹っ切ろうと」
「ん……そっか……」

 翡翠の笑顔を思い浮かべて、俺は少し元気が出た気がした。
 でも、それも空元気だったのだろうか。
 また、気弱になってしまう。

「そっか……支えてやれよ? 翡翠にはお前しかいないんだから……」
「あぁ……分かってるよ。彼女はもう離さない……だからお前も…」
「……ん。こっちも、分かってるよ」

 カレの言葉を遮って、俺は頷いた。
 そんな俺の様子を、彼は諦めたように見詰めてきた。
 でも、と続けたい俺の気持ちを、察してたみたいに。

 コンコン

 またノック。
 でも、最後のノック。

「やぁ……起きてたか?」
「あー……やっぱり来たか。これで全員揃ったな」
「くす、どうやらその様だ。お前はまだ、元気でないの?」
「ん……あぁ……ちょっと、な」
「はぁ……難儀だな」

 ソイツは気軽に話し掛け、部屋の椅子へと腰掛けた。
 手にはなんだか包みを持っている。

「んと……これ、お土産」
「へぇ……お前も有るのか。それ、何だ?」
「んー、どうせこの部屋も辛気臭いだろうと思ってさ。あっちにいった時に貰っ
てきたんだ」

 そう言って開いた包みの中は、いっぱいの向日葵だった。

「……なんだ、花か」
「こら、せっかく持ってきたんだ、もっと喜べ」
「ん……悪い」
「それにこれは琥珀さんと一緒につんだんだ。文句を言ったらバチが当たるぞ?」
「あぁ……そりゃ怖い。ありがと、嬉しいよ」
「まったく、調子がいいんだから……」

 困った様な様子で、ソイツは部屋にある花瓶に花を生けた。
 陰うつな部屋が、明るくなったような気がする。
 それは向日葵のお陰なのか、それともそれをつんだ人のお陰なのか。

「どう、だった? 故郷は」
「んー? あぁ、故郷っていってももう覚えていない場所だったから。ただ、な
んとなく俺はここで生れたんだなって思ったけど」
「その程度の感想かよ……」
「はは。正直そんなのどうでも良かったんだ。俺は、琥珀さんと一緒にいられた
から、それだけが楽しかったし」
「なんだ、お前も惚気るのかよ。嫌になるなぁ……」
「あはは……そう言うなよ。聞いて来たのはお前だぞ?」
「……ごもっとも」

 何が楽しいかくすくすと笑うソイツを、俺も少し楽しそうに見詰めていた。
 ふいに、ソイツの顔が始めになった。

「で……さ。体の調子はどうなんだ?」
「ん……いや……正直もう駄目だ。今にも死にそう」
「まったく……らしくないぞ? お前はそんなに簡単に生きる事を諦める奴だっ
たか?」
「さぁ……どうだったかな? 違ったかな?」
「違うと思う。俺は……、……わるい。俺が言える事じゃないな」
「ん……?」
「俺には琥珀さんがいるから…なのにな……お前の事を言える、義理はない」
「……ん。いや、気にするなよ。何度もいったろう、俺達は歩んだ道が違うだけ
だってさ…」

 本当に、そう思っていった言葉。
 でも、俺の事は俺が……”俺達”が良く分かってる。

 コッチ、コッチ、コッチ……

 時計が時を刻んでいる。
 でも、その時計がゆっくりになってくる。

 コッチ……コッチ……コッチ……

 まるでぜんまいが切れ掛かっているように。
 同時に、俺のぜんまいも切れ掛かってきた。

「ふぅ……でも、もう駄目そうだ……なんだか眠くなってきた」

「おい……」
「志貴……寝るな」
「気を張ってるよ」
「今眼を閉じちゃ……」

 そいつと、彼と、カレと、ソイツが口々にいってくる。
 でも……残念だけど、もう駄目そうだ。

 コッチ…………コッチ…………コッチ…………

「……悪いけど、少し眠らせてくれないか…大丈夫。もう一回は絶対起きるから」

 自分も騙せない嘘は、聞いた人間を不快にさせる。
 そう、分かっていても、俺はそう、言ってしまった。

「っ……」
「……ん」
「分かった……」
「じゃあ、俺達はそろそろいくよ……」

 俺達が、口々にそう言った。
 同じ顔をした存在が、それぞれドアの前に立つ。
 俺の気持ちを、汲んでくれたのだ。
 騙されて、くれたのだろう。

 それが、嬉しくて、悲しくて……でも、暖かかった。
 だから勤めて優しく、俺は別れの言葉を口にしていった。

「あぁ……志貴、アルクェイドと仲良くな」
「ん、分かってるよ。せいぜい死なない程度に頑張る」

「志貴……先輩は嫉妬深いから、注意しなきゃ駄目だぞ」
「はは……骨身にしみてるから、安心しろよ」

「志貴……翡翠の事、大事にしなきゃ許さないぞ?」
「分かってるよ……俺は、ずっと彼女と一緒だ」

「志貴……琥珀さんの事、支えろよ……?」
「あぁ……学校でたら、一緒になるよ。あの土地で、一緒に暮らす」

 自分の身を棚に上げ、俺は”俺達”にエールを送る。
 その答を聞けて、俺は安心できた。

 俺は、死ぬかも、知れないけど、俺達は、きっと、幸せに、なるだろうから。
 だから、安心できた。

「はぁ……じゃあな、志貴……俺は先にいって、待ってる」

「ん……後でいく。でももしかしたら、行かないかもな。アルクェイドのせいで」
「またな……俺は、多分君の次だな。先輩と一緒にいく、その時を楽しみにしてる」
「俺はきっと、翡翠と一緒に、そっちに行くよ……達者で、な」
「そっちであったら自慢してやるよ。俺と、琥珀さん子供のことを」

 口々に俺達は言う。
 そして、一人一人ドアから出ていった。
 その表情が……
 やはり一人一人、霞んで消えて行く……

「あぁ…………またな。別の運命を辿った、俺、達…」






 それは、有り得ない光景……




 夢、だったのだろう。
 俺が、俺達と話していた。
 違う運命を辿った俺達と、こっちの俺が。
 どんな内容だったのか、もう思い出せない。
 余りにもおぼろげで、余りにも有り得なくて。
 だから、それが楽しかったのかどうかすら、思い出せない。
 でも、どこか救われた気がした。

「…………」

 どんどん、意識が霞んで逝く。
 胸の中心には、七つ夜と刻まれたナイフ。
 その切っ先は、俺の死の線を貫いている。

 あぁ……死ぬんだなぁ……と実感できた。
 死は、とても怖いものだと思った。
 死を誰よりも知っているからこそ、死は怖い物だと思っていた。

 でも案外、対した事が無いのかも知れない…
 滅んでなくなる……それが死だとしたら。
 俺は、きっと、まだ死なない。
 だって、俺はまだ生きているから……
 この俺は死んでも、他の俺は生きているから。
 だから、怖くない。
 他の俺が幸せになるなら、怖くない。

 それに……そっちには、アイツが待ってるから。
 この、俺の、最愛の人が。
 だから、怖くない。
 俺の命はきっと、アイツの中で生きてるんだって思えば、怖くない。
 アイツを哀しませる事になる……かもしれない。
 でも……アイツに生きて欲しいから……

 秋葉……この命、お前に返すよ……




 コッチ……………………。

 消え行く意識の中……
 何処かで、時計が止まった…ような気が…し……た………………。



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