〜〜Zephyranthes〜〜
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 その日は良く晴れた夏の日だった。
 太陽はじりじりとアスファルトを焦がし、木に留まるセミはみんみんと騒が
しく鳴いている。
 天気予報の話では一日の降水確率は0%、気温も30を余裕で超えるそうだ。
 風はほんの少ししかなく、太陽どころか空気も肌をじりじりと焦がしていく。
 そんな、何処からどう見ても夏という日の朝10時近く。

 遠野志貴は炎天下の坂道を一人下っていた。





 夏の夢





「暑いなぁ……」

 十分に分かっていることをわざわざ口にしながら、志貴は遠野家から遠ざか
るように坂を下る。
 別に逃げ出しているわけではなく、人と待ち合わせをしているから出かけて
いるだけ。
 そもそも妹の秋葉やお手伝い2人に”ちゃんと”了解を取った上での外出で
あり、何も後ろめたいものは無かった。
 まあ、その”ちゃんと”を取り付けるのに色々と悶着があったのは確かだが。

「あぁ……正直帰って来た時が怖い……」

 などと口にしてみるが、そこまでではない……はずである。

 ただ正直なところを言えば、この暑い日にわざわざ出かけたくは無かった。
 こんな暑い日は、涼しい庭の雑木林か離れで昼寝でもしていたいところだ。
 だが今日この日は、どうしても外せない約束事があった。
 だから彼は、暑いさなかをわざわざこうやって好き好んで歩いているのだ。

「ふう、しかし……8月も半ばって言うのに、太陽も飽きないね。少しは涼し
くなってもいい頃なんだけどな」

 軽く手をかざしながら空を仰ぎ見てみると、そこには”今からもっと暑くな
るぞ”という風な太陽が居座っていた。
 事実これからもっと太陽は高く上り、気温もどんどんと高くなるのだろう。
 そう考えると少しだけ気がめいってくる。

 暦で言えばもう秋だというのに、気候はまだまだ夏の様相だ。

「まっ、今日行く場所は暑いほうが好都合なんだけどね」

 そうある意味で強がりながら、志貴は坂の下までおりて来た。





「ちょっと早かったかな?」

 時計を見てみると、午前10時に5分足らず。
 確かに待ち合わせの時間より少々早かった。
 まあ、元より早くつくように家を出てきたのだから当たり前の状況だったが。

「ん〜……と。まだ来てないか……」

 きょろりとあたりを見回しながら、志貴が呟く。
 待ち合わせの場所についてみたが、どうやらその相手はまだ着てないようだ。
 5分早いという状況を考えれば、来て居なくとも別段何も不思議ではない。
 むしろ志貴にとっては、ある種の心がまえが出来るぶん助かっていた。

「う〜……なんか、緊張するな……」

 歩いているときはそうも感じなかったが、いざ相手が来るまでの時間が出来
ると、志貴はどこか落ち着かなくなった。
 そもそも、今日志貴が待ち合わせている相手は、女の子だった。
 しかもいつも彼を取り巻いている5人の面子でも、まれに会うことのある狐
のような少女でもない、別の子だ。
 朴念仁だとか恋愛に疎いとか言われ、自分でもどこかそれを自覚していた志
貴だが、流石に女の子と自分の2人きりで出かける、という状況をもって意識
しないわけが無い。
 出かける場所が喫茶店だとか図書館だとかだったら全く気にしない可能性も
あったが、今回の場合はある意味で華やかな場所であり、また”回りの人物達”
からあること無いこと冷やかされたので、流石に意識してしまった。
 おかげで柄にもなく、待ち合わせの時間より早く着こう思ってしまったくら
いだ。

「はぁ……う〜……まだかなぁ……」

 そもそも恋愛事情にとことん疎い志貴は、こういう状況にもとことん慣れて
いない。
 おかけで間が空いてしまうと、余計なことが色々と頭に浮かんでしまった。
 頭を抱えたり腕を組んだり、うろうろと歩き回ったりと、傍目で見ると怪し
い人物に写ってしまう。
 彼にとって幸いなことは、あたりに誰も居なかったということだろう。

 そのとき、路地のとある方向からタタッとかけてくる足音が聞こえた。
 足音はどんどん大きくなり、そして追うようにせきを切る息遣いも聞こえる。
 それに気づいた志貴は、足音のほうに振り返る。
 するとその方向から、白いワンピースに身を包んだ少女が一生懸命志貴に向
かって走ってきていた。
 慌てた様子の少女は志貴の目の前まで来て、ぱたたっと止まる。
 そして乱れた息もそのままに、開口一番こう切り出した。

「はあはあっ……お、おはよう、志貴くんっ」
「あ――お、おはよう、弓塚さん……」

 悶々としていた気持ちを吹き飛ばす勢いできた待ち人の様子に、志貴は思わ
ずほうけたように答えてしまう。
 その様子を待ち人――弓塚さつきは、志貴が待ちくたびれていたのではない
かと解釈してし、思わず詰め寄るように近寄って、ぺこっと深くお辞儀をして
しまった。

「ご、ごめんなさい、遅れちゃった? その、準備にちょっと手間取っちゃっ
て……ほんと、ごめんなさいっ」

 荒れる息のままに、さつきは深々と、そして何度も頭を下げる。
 大きく揺れる肩にあわせて、少女の結わえられた2つのお下げも一緒に揺れ、
額からは一筋の汗が頬を流れて落ちてゆく。
 肩にかけた黄色いナプサックが軽くずり落ち、軽くかいた汗のせいで白いワ
ンピースが肌に張り付き、薄く地肌が覗いていたりした。
 何より、至近距離と言っていい近さに来た少女からは、さわやかなシャンプ
ーの香りと少女の甘酸っぱい汗の匂いが届き、志貴はおもわずどきりとしてし
まう。
 そんなどぎまぎしてしまう気持ちを隠すために、志貴は必死に口を開く。

「ううっ、ええ、と……そ、その、待ってない、全然待ってないよ」
「ほ、ほんと? でも志貴くん、その……えとえと」
「お、落ち着いて弓塚さん、えと……ほら、今がちょうど10時だし」

 言った言葉を確認するように、志貴は腕時計を見る。
 実際時計の針はちょうど10時をさし、さつきが遅れたわけではないことを
示していた。
 それを聞いたさつきは、ようやく落ち着き始めた。

「はあ、そうなんだ……良かった。間に合ったんだ……」
「まあ、俺のほうが早く来すぎただけだし……気にしなくていいよ。それより
はい、ハンカチ」
「え?」
「えっと……汗かいてるみたいだから……」

 そっと差し出された志貴のハンカチを受け取りつつ、さつきは改めて自分の
姿を省みた。
 腕や首筋には汗が浮き、前髪も乱れて額に張り付いている。
 せっかく施してきた薄化粧もあらかた汗で流れ、さつき自身の感覚ではとて
も見れたものではなくなってしまった。
 それに気づいたさつきは、暑さのせいではなく頬が紅潮した。

「あっ……ご、ごごめんなさいっ! 私、はしたない格好に……」
「えと、その。気にしなくてもいいよ」
「だ、だって……せっかく……」

 待ち合わせの2時間前から丁寧に準備してきた身姿が一瞬にして台無しにな
ってしまい、さつきは思わず泣きそうになった。
 台無しになったことが悲しいのではなく、その姿を志貴に見られているとい
うことに対して。
 憧れの君である志貴とのデートなのに、しょっぱなから失敗してしまったこ
とが悲しかった。
 だがそんなさつきに志貴はやわらかく笑いかけた。

「その……十分綺麗だよ、弓塚さん。だから気にしないで」
「え……あっ……」

 自分でも臭いことを言っていると自覚しながらも、彼女を落ち着けるにはそ
ういったほうが言いと思った志貴は口にした。
 逆に言われたさつきは、頬どころか耳まで赤くなって沈黙してしまう。

 不意に訪れる沈黙。
 どこか気まずい沈黙の中、志貴はさつきを、さつきは志貴をなんとなく見つ
めてしまう。
 おたがいに頬が赤かくなっていることに気づき、恥ずかしいと思う反面、ど
こか可笑しくなってきた。
 そして自然と、2人は微笑みあっていた。

「くすっ……ありがと、志貴くん……」
「ん……じゃあ、いこっか。弓塚さん」





 志貴たちの町から電車に揺られて1時間、そこが2人の今日の目的地だった。
 最寄の駅から電車に乗って、2人は目的地へと向かっていた。

「ふう、しかし暑いよね今日も」
「ほんとだね。もう暦の上じゃ秋なのに、まだまだ暑いよね」

 鈍行の電車に揺られながら、さつきは朝方志貴の思っていたことを口にする。
 窓の外には青々と茂る田園風景が覗き、電車の中は鈍いながらもクーラーが
効いていた。
 おかげで幾分暑さは緩和されているが、それでも外の陽気に変わりは無い。
 何より窓際に座っていては、結局太陽の暑さが入り込んでしまう。

「まあ、これだけ暑いと逆に今日が楽しみだけどさ」
「そうだね。やっぱり海に行くんだし暑くないとね」
「うん。寒かったりしちゃつまらないしね。たとえ暑くっても、太陽が出てな
いと」
「うん、ほんとだよね〜」

 志貴に賛同しながら、さつきは太陽に負けないほど明るい笑みを浮かべる。
 志貴は色恋――というよりも、女の子の機微に少々疎いが、それでもさつき
が本当に嬉しそうなことくらいは分かった。
 それが彼のおかげなのかという所に自信はもてなかったが、それでもさつき
のうれしそうな顔を見るのは志貴自身もどこか嬉しかった。

 そんな何気ない会話をしているとき、さつきが持ってきたナプサックをごそ
ごそやり始めて、水筒を取り出した。

「はい志貴くん。麦茶」
「え? あ、ありがとう……それ家から持ってきたの?」
「うん。やっぱりこれだけ暑いと汗かいちゃうと思ったからね。水分補給は重
要なんだよ? だから、飲んで」
「ん〜、そうだね。ありがたくもらっとくよ」
「うん」

 短い水筒のコップに麦茶を注いで、さつきは志貴に手渡した。
 ひんやりと手に広がる冷たさを暫く楽しんだ後で、志貴は一口喉に通す。
 冷たく冷えた麦茶が、志貴の火照った身体を覚ましてくれた。

「んく、んく……ふう、おいしい。暑いときに冷たい飲み物って、やっぱり良
いね」
「喜んでもらえると嬉しいな。お代わりもあるから、もっと飲んで良いよ?」
「え? でも弓塚さんも喉が渇いてるでしょ。はい」

 自分ばかり飲むのは申し訳ないと思った志貴は、残った分を一息に飲み干し
て、空いたコップをそっと返す。

「え? あ、あの……わ、私は……」
「水分補給は重要、でしょ? だから弓塚さんも飲んでおいたほうが良いよ」
「う、うん……」

 コップを受け取ったさつきは……しばし手の中のそれを見つめる。
 受け取ったまま暫くきょとんとしていたさつきの顔が、徐々にゆるい笑みを
浮かべ、そして赤く照れた顔へと変化していく

「……どうしたの? 弓塚さん」
「えっ? あ、な、ななんでもないよっ。そ、そうだね、私も暑いから、の、
飲もうっと」

 さつきの様子を不思議に思った志貴がそう言うと、さつきは慌てた様子でコ
ップに新しい麦茶を注いだ。
 そしてコップを半回転させて、恐る恐る口に運び始めた。

 志貴は気づかなかったが、その位置はちょうど志貴が口をつけたところだ。

 わざわざその位置を狙ったさつきは、その行為が気づかれないかと思いつつ
何度かちらちらと志貴の顔を盗み見て……
 気づかれないと分かってから、一気にぐっとコップに唇をつけ、そしてごく
ごくっと飲み干した。
 がそれがまずかったのか、わずかな麦茶がさつきの気管に入り込んでしまい、
咽てしまう。

「んっ、えふ、けほっ!」
「わっ、だ、だいじょうぶ、弓塚さんっ」

 いきなり咳き込んださつきを心配して、志貴は正面から肩を抱くようにさつ
きを支えて、軽く背中を叩いてあげる。
 けほけほと何度か咳き込んでから必死で呼吸を落ち着け、さつきは何とか咳
を収める。
 そこで、いまの状態にはっと気づいた。

「えほ……えっ、ええっ!? し、志貴くんっ!?」
「大丈夫? もう咳は出ない?」
「う、うん、だ、だっだ大丈夫……だけど……あの、あの……」
「え? どうしたの? まだつらい? だったら車掌さんでも呼んで……」

 こようか、と言おうとした時点で……志貴も今の状況に気づく。
 慌てていたので気にとめていなかったが……2人の今の姿勢は、志貴はさつ
きの肩を深く抱きつつ背中に手を回し、さつきは志貴の胸あたりに顔をうずめ
る感じになっている。
 別の見かたで客観的に判断すると、まるっきり、抱き合っている風だ。

「……ぁ。いや、その……これは……」
「あ……ぁぅ……その……えと……」

 2人は意味不明なうめき声をあげて、そのまま固まってしまう。
 おたがいに今の状況を強く意識してしまうが、なんとなく離れられなくなる。
 離れなければと思う反面、それが惜しいような気がしてしまったからだ。

 時間にして1分だろうか、それとも10分もそのままだったろうか。
 2人にとってはずいぶんと長い時間が過ぎた頃。
 電車がゆっくりと減速し始め、同時に目的についたアナウンスをはじめる。

「えっ……わっ! 弓塚さんっ! 駅ついたっ!」
「え……? ええっ、ま、まって、降ります〜っ!!」

 慌てた2人は大急ぎで荷物を持って――そして無意識のうちに手をつないで、
駅へと降り立った。

 電車を降りてすぐ。
 まず目に飛び込んできたのは、空の青と海の蒼だった。

「うわぁ……凄い……きれい……」
「はぁ――海も空も真っ青だ」

 2者2様の感想を口にしながら、志貴とさつきは潮風を身に受ける。
 小高い丘に位置する駅からは、眼下の海岸も海も、そして空も一望出来た。
 都会では決して見ることの出来ない、自然そのものの風景。
 その爽快な景色を見ただけで、2人は来て良かったと思ってしまう。
 そんな景色を眺めながら、2人は海岸に向けて歩き始めた。

「ねえねえ志貴くん、早くはやくっ。早くこないと置いてっちゃうよ?」
「弓塚さん、そんなに急がなくても海は逃げないよ」

 待ちきれないとばかりに駆け出していくさつきのあとを、志貴はのんびりと
ついていく。
 志貴は、道すがらの景色や花木を見たかったのだ。
 遠野の屋敷にも自然は多いが、土地が違うせいか、ものめずらしい花や草が
多く志貴はなんとなく心を引かれた。
 そんな志貴の態度にごうを煮やしたのか、さつきが少し頬を膨らませながら
戻ってくる。

「もう、志貴くんたらゆっくりし過ぎ。確かに海は逃げないけれど、時間は有
限なんだよ?」
「う……まあ、言われてみれば確かにそうだけど」
「でしょ? だから早くはやくっ」
「はいはい。本当、弓塚さんは元気だね……」
「くす、元気なのは良いことでしょ?」

 半分あきれた風に言う志貴に対し、さつきは屈託の無い笑みを浮かべる。
 その笑顔を見て、このやり取りは自分の負けだなと志貴は実感する。

「さあいこっ。どっちが先につくか競争だよっ」
「え? あっ、いきなりはずるいぞっ!」
「あはは〜。早くおいで〜〜」

 唐突に駆け出したさつきに続いて、志貴も慌ててあとを追う。
 浜風を全身に受けながら、2人は海岸へ向けて走っていった。

 結局――先を越されたさつきに追いつけないまま、2人は海岸へ着いてしま
った。





「ん〜……なんか、こういう時間も変に緊張するな」

 暑い太陽の下、志貴は水着姿になって一人ごちていた。
 海岸に着いた2人は、適当なスペースを確保した後でおのおの着替えのため
に更衣室へ向かっていた。
 そして、様ようにしてそういう物だが、男子である志貴のほうが着替えは早
く済み、一人ビーチマットの上でさつきを待っていた。

 志貴の格好は膝上ほどの丈の唐草柄の海水パンツに、胸の傷を隠すための柄
物の白いTシャツ、そしてやはりメガネをつけていた。
 メガネは外すことが出来ないので、運動しても落ちないように工夫してある。
 周りの男子の水着に比べ志貴のそれは微妙に浮いた柄ではあるが、妙に志貴
に似合っていて誰一人気にしていない。
 ただ志貴個人は、”これを買ってきた人は悪意があったのでは”と思って居
たりして、なんとなく落ち着かなかった。
 もっとも、落ち着かない理由はそれだけではないのだが。

「でもまぁ……あれだよな。いまさらなんだけど、これってデートだよな……」

 ぽけ〜っと海を……と言うか、そこかしこに居るカップル連れを眺めながら、
志貴は呟く。

 正直に言えば、誘いを受けたそのときはデートだと意識はしていなかった。
 さつきに誘われたその時も、他に何人かと一緒に行くのだろうと勝手に思っ
ていたくらいだ。
 が、家に帰ってその顛末を家のメンツに話したとき。

『あはー、志貴さん。それはデートですね♪』

 などという家のお手伝いの一言で、自分の交わした約束の意味を理解した。
 人に言われないと気づかないあたりが朴念仁の面目躍如というところではあ
るが、ただ意識してしまえばそこはやはり、健全な高校生の男子。
 そこに含まれる意味を理解して一人身悶えてしまったりしたものだ。
 ただ、約束のことに戸惑いつつも、断ろうとは思わなかった。

 ”断らなかった理由は?”と聞かれても、正直に言えば返答に困った。

 実際断っておけば、最低限、秋葉からのねちっこくかつ陰湿な責め苦も、ア
ルクェイドからの純粋かつ直情的な嫉妬も、シエルからのやんわりとしつつも
泥沼のようにしつこい嫌がらせも、翡翠からの無言だが強烈なプレッシャーも、
琥珀からの穿った意味での助言やおせっかいも無かったであろう。
 いま志貴がここに居る事実がある意味で奇跡だ、というくらいの裏事情があ
ったことを考えても、おとなしく断ったほうが志貴の命が縮まらなくてすんだ
というものだ。
 が、志貴はさつきと今2人きりでここに来た。
 なんとなくという感はぬぐえない、だが志貴自身が行きたいと思ったのだか
ら仕方が無い。

 ある意味で、普通の相手と普通にデートというものに憧れていた部分もあっ
たし、クラスで一番可愛い少女からの誘いを断っては男が廃る、と悪友から発
破をかけられたせいでもあった。
 ただ一番大きいのはやはり、志貴自身も少なからず好意を”持った”からだ
ろう。
 きっかけが外部からのお節介やちょっかいであったとしても、意識した気持
ち自体は、志貴自身の素直なものだった。
 だから志貴は、妨害にあいながらもさつきの誘いを断らなかったのだ。

「ただまあその、なんだよなぁ……デートって意識すると……こう……」

 恋愛経験が少ないとはいえ無いわけではなく、石木でないのだから好意に対
する返答の仕方も知らないわけではない。
 朴念仁といわれようとも、その程度の対応は流石にできる。
 ただ、デートという物に対する経験値は、やはり皆無に近い志貴。
 こういうときどういう気持ちで待っていれば良いのか、この後どうしたら良
いのか、などと考えると全く落ち着かなかった。

「あ〜もうっ、早くこないかなぁっ」

 来たら来たで困るのだろうが、こないと言う今よりはマシだろうと思い、な
んとなくそんなことを口走る。
 じりじりと照りつける太陽よりも、じらされる時間に困りつつ、志貴はごろ
んと横になった。
 すると。

「あっ、ごめんなさい……そんなに待たせちゃった?」
「えっ?」

 不意に、頭の上に影がさした。
 はっと思って目をあけて見て――

「あ、あの……その、準備に時間かかっちゃって……ご、ごめんなさい、朝も
おんなじ失敗しちゃったのに……」
「え――あっ…………」

 志貴は、言葉を失った。
 網膜に……というよりも、脳裏に見たままのものが焼きついて、そのまま思
考停止してしまったかのように。

 健康的で元気の良さを表す感じの、薄緑色のビキニの水着。
 胸の先で軽く結ばれたリボンの形を気にするように手を当てつつ、志貴の様
子をうかがうように軽くかがんだしぐさ。
 日焼けを全くしていない綺麗な素肌と、その中で一部分だけ赤く染まった頬。
 そしていつもと同じツインテールを風になびかせながら、恥じらいと戸惑い
を含んで見つめてくる瞳。
 見た目は華奢だが、それでも女性の階段を上り始めている女の子らしい体の
カーブ。
 特に下から見上げるという体勢のせいで、健全に成長しているさつきの胸は
そのボリュームをけなげに自己主張して見せた。
 その全部が一片に、志貴の眼に叩きつけられた。

 その、知っているはずの少女のまったく違った姿としぐさを見て、志貴の思
考は完全に飛んでしまった。

「あ、あの……志貴くん、お、怒ってるの?」

 反応をなくした志貴の態度を怒ったからだと解釈したのか。
 さつきはおろおろしながら志貴に問いかける。
 そのさつきの戸惑った声を聞いて、やっと志貴は飛んでいた思考を引き戻す
ことが出来た。

「えっ、い、いや、お、怒って、無いよ…………」
「え、じゃ、じゃあどうして、黙ってたの?」
「あ――えと、その……」

 見とれてたから、と言ってしまえばそれまでだが……限りなく気恥ずかしい。
 そう思った志貴はどう返答しようかと戸惑う。
 その態度をやはり怒っていたのかとさつきは取ってしまい、黙り込んでしま
った。
 志貴は寝転んだまま下から見上げ、さつきはそれを覗き込んだまま再び沈黙
してしまう。

 そのままで約1分。

 じっと変なしぐさで見詰め合っていると、さつきの瞳がうるうると潤みだし
てきた。
 それを見て、志貴はまずいと感じる。
 このまま放置しては色々と取り返しがつかなくなりそうだ。

 ”参った。いろんな意味で参った……って言うか、そのしぐさ反則……”

 ”女の子の涙には勝てないよな”とため息をつき、志貴はよっと身を起こし
てさつきの正面に正座して見せた。
 そして、羞恥で染まってしまいそうな頬を無理矢理抑えつつ、素直な気持ち
を口にする。

「水着……似合ってるよ、その……みとれちゃった」
「え……あっ……」

 志貴の言葉を聞いて、泣く寸前だったさつきは一転して頬を真っ赤に染める。
 あわあわと意味不明なことを口走って、志貴の言葉をしっかりと理解し……
 今度はさっきと別の意味で沈黙してしまった。

「……ぁ。その……ごめん……」
「……う、ううん……その……あ、ありがと……」

 なんとなく訪れた気まずい空気をかき混ぜようと、2人は意味もなく口を開
き――そしておたがいに照れ笑いを浮かべた。

「え、えへへ。し、志貴くんもその水着、似合ってるよ」
「えっ、そ、そうかな……唐草なんて変じゃないかな」
「ちょっと独創的だけど、なんとなく雰囲気でてるよ。くす」
「そっか。まあ弓塚――……さつきちゃんがそういってくれるなら、良いか」
「えっ……?」

 不意に、志貴はさつきのことを”さつき”と呼んだ。
 単に自分のことを”志貴くん”とよんでくれていたのだから、そのお返しに
と思っただけで特に他意はない。
 ただ、そう呼ぶと志貴自身でもなんとなくむずがゆい物を感じてしまう。
 もっとも、呼ばれたさつきのほうはそれどころではない。
 思わずぽけっと志貴の顔を見つめてしまった。
 それをごまかすように、志貴は勢いよく立ち上がって見せた。

「それじゃ、早速泳ごうよっ。時間は有限、だろ?」
「えっ、ああ、あの志貴くん……」
「さ、早くいこ、さつきちゃん」
「あ……うんっ!」

 名前で呼んでもらった事が嬉しいのだろう、さつきは軽く頬を赤らめながら
も満面の笑みを浮かべる。
 そして、2人はそろって水際まで駆け出していった。





 海水浴場は、思っていたよりも快適だった。
 お盆ぎりぎりというせいか、それとも街からそれなりに外れているせいか。
 人が少ないとは言わないが、それでも好き勝手にはしゃいでも邪魔にならな
い程度に空いている。
 そのおかげで、志貴とさつきは大いに海水浴を楽しめた。

 さつきも志貴も童心に返って、海水浴や砂遊び、そしてビーチボールでの遊
びに興じていた。
 志貴も、そしてさつきもそうだったが、異性と2人で海に来るという経験は
初めてで最初はやはり戸惑っていたが、慣れてくると純粋に楽しめるようにな
っていた。
 男同士や女同士とは違ったノリに、2人は心をゆだね、大いに楽しんだ。

「あははっ、志貴くんて海は初めてだったっけ?」
「ん〜、一応何度か。でもこうやって本気で泳ぐのってはじめてかも。いつも
は有彦と一緒だから。あいつは海より別のことが目的だったしさ」
「そっか。じゃあ今年は夏の海を十分に楽しもうよっ」
「うん、そうだね。それじゃ、あの岩まで競争だっ」

 海の沖50mほどの岩場に向けて、志貴はざっと泳ぎ始める。
 いきなり泳ぎ始めた志貴に対し、さつきは一瞬遅れてしまう。

「あっ、ず、ずるいっ!」
「さっきのお返しだよ〜。悔しかったら抜いてごらん」
「う〜、いったなぁっ。まけないよっ」

 遅れたさつきを振り切ろうと、志貴は思いっきり泳ぐ。
 はじめに動いた分のアドバンテージで、志貴はさつきを引き離す。
 が、Tシャツを着たままの水泳に加え、メガネを気にしながらだったため徐
々にさつきが追いすがってきた。

「ぐっ、や、やっぱ服を、着たままって、泳ぎにく……」
「ふっふ〜、志貴くんっ、ほら、抜いちゃうぞっ」

 ペースの落ちてきた志貴の脇にさつきが並ぶ。
 志貴も抜かせまいと必死になって泳ぐが、やはり着衣の水泳は堪える様で、
結局さつきの後塵をきすることになった。
 それでもさつきに離されまいとして追いすがり、逆にさつきは志貴を引き離
そうとペースを上げようとした。
 そのとき、不意にさつきの足に電撃のような痺れが走った。

「えっ……あうっ!」
「うん……? どうしたのさつきちゃ……」

 志貴が声をかけようとするが、さつきはバシャッと水をたたいて急にもだえ
始める。
 そして一拍もおかずに泳ぎは乱れ、体が水中に沈み始めた。

「あぐっ――い、いたっ! んんっ!」
「っ! さつきちゃんっ!?」

 急に沈み込んださつきに何か異変が起こったことを察し、志貴は彼女の方を
抱え上げる。
 水を飲む前に助けられたので見た目なんとも無さそうだったが、良く見ると
さつきはきつく眉をひそめて足元に手をやっている。

「どうしたの? もしかして攣った?」
「う、うん……ご、ごめんなさい……あっ、くぅっ……!」
「そんな謝らなくて良いよ……ええと、もう少しがんばってっ」

 何か休めるところとあたりを見回して、目的地であった岩棚が目前に迫って
いることに気づく。
 志貴はさつきを支えつつその岩棚に向かった。

 ごつごつとした岩棚の中でも比較的平らな位置を見つけた志貴は、着ていた
Tシャツを下にしいてそこにさつきを寝かせる。
 さつきは横になりながらもまだ痛むふくらはぎに手を当てていた。

「つぅ……ううっ」
「さつきちゃん、大丈夫?」
「う、うん……もう、痛みは引き始めてるから……んっ」

 そうは言うものの、さつきの足先はまだ返り、短く痙攣を起こしている。
 冷えた筋肉はなかなか痛みが治まらない様子だった。

「……よし。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
「え? あっ、し、志貴くんっ!?」

 放って置いても埒があかないと判断した志貴は、さつきのふくらはぎに手を
当ててゆっくりとマッサージをはじめた。
 少々痛むのは理解していたが、早めにほぐさないと逆に痛みが長引く。
 そう判断し、こわばった筋肉を解きほぐすようにゆっくりともむ。

「ひゃ……いっ……し、志貴く……んっ!」
「痛い? でもごめん、もう少し我慢して……」

 こわばった筋肉がほぐれていくのを実感しつつ、志貴は優しくさつきの足を
もみ続けた。
 が、逆にさつきの方は気が気ではない。

「あっ、あぅ……んっ、くふ……うぅっ」
「あ、ご、ごめん。ちょっときつかったかな?」
「えっ、ち、違うの……い、いたくは……ないよ……ひゃんっ」

 痛みのせいではなく、志貴のやさしい手つきがくすぐったくて。
 何よりも、志貴に自分の素肌を触られているという事実が恥ずかしくて。
 さつきは羞恥心のおかげで肌の感覚が過敏になってしまっていた。

「あっ、あぅ……んん……!」
「……。」
「くっ……やっ、だ、ダメぇ、しきく……あんっ!」
「あの、さつきちゃん。そういう声を出されると、なんか……」

 志貴としてはまったくやましい気持ちは無いのだが、妙に色っぽいさつきの
声を聞いているうちに、”自分はやましいことをしてるのでは?”と思い始め
てしまう。
 逆にさつきのほうも”そういう意味でされてはいない”と十分に分かってい
たが、敏感になりすぎた肌は否応無しに志貴の行為を快感に変化させてしまっ
ている。

 志貴が足をもむたびに、さつきはその細い身体をくねらせる。
 羞恥に染まった顔、海水で濡れまとまった髪の毛、そして恥ずかしそうに胸
に当てられた手……何よりも、掌から伝わるやわらかいさつきの肌の感触。
 そのどれもが、志貴の男をくすぐってくる。

 逆にさつきのほうも、志貴の責め(?)に身悶えてしまう。
 華奢に見えて意外と逞しい指が自分の肌にふれて力強く足をもんで、普段は
どこか頼りない表情をきりっと引き締め、自分ことを心配してくれている。
 その男らしい安心感が、さつきの女心を刺激した。

 ある意味で、もっとこうしていたいとさつきは思う。
 が、流石にこれ以上はまずいと思った彼女は――実際痛みも引いたので――
やんわりと志貴の行為をとめた。

「あ、あのっ。も、もう、大丈夫だから……」
「えっ!? あ、う、うんっ、ご、ごめんっ。嫌だよねっ!」
「えっ。あ、あのそ、そんな……あう……」

 さつきの静止を聞いて、妙に意識してしまった志貴はばっと飛び離れるよう
に手を離す。
 さつきのほうもなんとなく気恥ずかしくなって、膝を抱えて丸くなってしま
った。
 そして、今日何度目かの沈黙――

「……。」
「……。」

 岩棚の上で微妙な距離を保ちつつ……それでも、向かい合う感じに座ったま
まの2人。
 志貴はどうして良いものかと視線をさつきを中心にさ迷わせ、さつきのほう
は志貴の顔と体の位置をちらちらと見比べていた。

 水にぬれ、足に怪我を負い、いつもとは違う素顔を覗かせるさつき。
 さつきは今まで気づかなかったが、大きな傷が胸にある志貴。
 互いに自分自身の姿に頓着はしていなかったが、互いのいつもとは違う姿を、
なんとなく見入ってしまう。

 沈黙したままの2人の変わりに、波がザブ〜ンザブ〜ンと音を立てる。
 その単調な、それで居てどこか心の休まる音を聞きながら、2人はそのまま
向かい合っていた。

 暫しあって……

『あ、あのっ』

 2人は同時に話す。

「えっ、あっ、な、何、さつきちゃん」
「ええと。し、志貴くんこそ……その、お先にどうぞ」
「あ、いや……さ、さつきちゃんからでいいよ」
「そ、そんな。別にたいしたことじゃないから……えと、あの、ほ、ほんとは、
そうでも無いけど……」

 話し始めたのは良いが、互いに互いの先手を取ってしまい、うまく会話が続
かなくなる。
 それでも、意を決するようにさつきが口を開く。

「あの。ありがとう、志貴くん……」
「え?」
「その。足、さすってくれて……」
「あ、いや、その……うん」

 さつきの礼に対し、どう答えて良いか分からない志貴は曖昧な返事になる。
 それでも返事をくれたことが嬉しいのか、さつきはゆるい笑みを浮かべて後
を続けた。

「あのね。その……本当に嫌じゃなかったよ。痛みも、引いてくれたし……」
「うん。だったら、良かったけど……でもその。女の子に……許可なく勝手に
触っちゃって……ごめん」
「あっ、ううん。気にして無い。緊急だったんだし……それに……」
「それに?」
「あっ。え、えっと……」
「…………?」

 中途半端な会話の切れ方に、志貴は続きが気になってしまう。
 なんとなく、”後はどうしたの?”と言う具合にさつきを見つめてしまった。
 その視線に気づき、さつきはかあっと頬が赤くなった。
 それでも……志貴の視線に押されるように、ぽそっと続けた。

「あの……志貴くん……だったから……嫌じゃ無かったって言うか……その…
うれし、かったよ…………」
「あ――」

 志貴にとっては不意な、さつきにとっては意を決した告白に、お互い頬が紅
潮していくのを感じた。

 そして、再び沈黙してしまう。
 ただ――前とは違って、その沈黙はどこか心地よかった。

「……も、もどろっか……」
「あっ……う、うん……」

 なんとなく気恥ずかしくなった志貴は、空気をかき混ぜるためにそんなこと
を言いつつ、志貴は濡れたTシャツを再び着る。
 しかし言ってすぐ、さつきの状態がまだ完全でないことに思い至った。
 痛みは引いたとはいえ、まだ動かすにはつらいかも知れない。
 そう思った志貴は、岩棚の端に腰をかけて、さつきのほうに背中を向ける。

「……ん。さつきちゃん。背中に捕まって?」
「えっ……ええっ!?」
「足がまだ完全じゃないだろ? だから……おんぶしてあげる」
「えっ、い、いいよっ、だ。大丈夫だからっ」
「えと……恥ずかしいのは分かるけど……でも、無理はダメだよ」

 やましい意味じゃないよ、という風に決然と言う志貴。
 その言葉の半分は自分に言い聞かせていたのだが。
 対するさつきも、変に断って迷惑をかけるのはいけないと思い……
 おとなしく、志貴の背中に身を寄せた。

 ヒタッ――

 濡れたTシャツ越しにさつきの体が密着してくる。
 その暖かくもやわらかい感触に、一瞬本当にやましい事を考えてしまいそう
になる。
 か、その妄想を振り切るように志貴は軽く頭を振った。

「それじゃ、行くね。出来るだけがんばるけれど……疲れたら泳いでもらうか
も。そのときはごめん」
「う、うん……ふ、不束者ですが……どうかよろしく……」
「あはは……それじゃ別の挨拶だよ……じゃあ、行くよっ」

 さつきの告白のような言葉に戸惑いつつも、志貴はきた道をさつきを背負い
ながら戻り始めた。

 2人分の加重は正直つらかった。
 だが背中から感じるさつきの暖かさと重さが、不思議と志貴に力を与えてく
れ、結局一度もばてることなく志貴たちは海岸につくことが出来た。





 夏の日は長いとはいえ、それでも夕方はやってくる。

「ふう……今日は色々あったけど、楽しかったね」
「うん、そうだね。足は大丈夫?」
「もう全然平気……えへ、ありがと、志貴くん」

 志貴とさつきの2人は私服に着替え、人気の少なくなった海岸に座っていた。
 まだ海水浴場にはまばらながらも人が居て、夕方になって少し高くなってき
た波にサーファー達が果敢に挑みかかっていた。
 そんな景色を眺めるでもなく眺めながら、2人はぼうと今日の余韻をかみ締
めている。

「あの……志貴くんは、今日楽しかった?」
「うん、もちろん。こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ」
「そっか……良かった」

 えへへっという笑みを浮かべるさつきと、それににっこりと笑い返す志貴。
 その笑顔を見ただけで、お互い今日のことは本当に楽しかったのだと理解で
きた。

「ん……でも、ごめんなさい」
「足のこと――まだ気にしてるの?」
「ううん。そうじゃなくて……今日、なんだか無理につき合せちゃったみたい
で……その、来るの、大変だったでしょ?」
「あ――えっと、そ、そんなことは無いよ」
「……くす、志貴くんうそが下手」

 しどろもどろな対応に、さつきは自分の予想が外れていなかったことを確信
する。
 そして……薄く表情を翳らせた。
 さつきは、志貴の周りがどうなっているかを知っている。
 だからこそ、今日という日志貴を独占することが、逆に志貴にとってどれだ
け大変かを予想できた。
 そういう意味で、さつきは申し訳ない気分になっていた。

「ごめんね。志貴くん。志貴くんは……その”良い人”が多いから……今日み
たいな日を作るの、大変だったでしょ? だから、無理させちゃったね」
「……そんなこと無いよ」
「でも……」
「今日は、俺がさつきちゃんと遊びたかったから、来たの……だから無理なん
かしてない」
「あ……」
「俺のほうこそ……さつきちゃんにお礼を言わなきゃ。今日は本当に楽しかっ
た。ありがとう」
「……志貴くん……」

 力強く、でも優しく言い切る志貴の言葉に、さつきは嬉しくて胸が詰まった。
 志貴のほうは照れくさそうにしながらも、本当に楽しそうに笑みを浮かべる。

 さつきには、それだけでも十分だった。
 志貴も、それだけで十分だった。

「……ありがとう、志貴くん」
「……うん。ありがとう、さつきちゃん」

 お互いに礼を言い合い……
 そして、2人の影が――





                     それは、2人だけが見た夏の夢





                               FIN

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