〜〜Zephyranthes〜〜
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 AM9:08
 廃工場近くの潰れたガソリンスタンド

 ケチが付き始めたのはいつからだろうか。
 リズィはそんな事を考えていた。
 クロウディアを死なせてしまった時?
 ツヴァイやアインを逃がした時?
 それとも……

”キャルを……止められ無かったときか?”

 多分全部だろう……心の底ではそう実感していた。
 ようするに、今の自分はとことん運が付いてない訳だ。

「姐さん……アイツ等戻ってきやせんね…」

 思策にふけっていたリズィに、小太りの男が話し掛けてきた。
 どうやら、物思いにふけるのはお終いらしい。

「……準備をしな」
「は?」
「全員に伝えろ。戦闘準備だ。武器を確認して車を横にして道に着けろ」
「は、はぁ。で、でもどうしてで?」

 もともと気が弱いのだろうか、男は脅えた顔を更に脅えさせて問い返す。

「分かるだろ?」
「まさか……アイツ等……殺られて?」
「その様だ…これだけ待って帰ってこないところを見ると……」

 渋面を作りながら、リズィは親指を首に当てて横に引く。
 その仕草を見ただけで男は一気に青ざめてしまった。

「もう少しも経たないうちにこの道を来るだろう。その時に素通りさせるつもり
か? さっさと指示しなっ」
「は、はいっ!! おいみんな、ファントムが来る、戦闘準備だっ!」

 小太りの男が手を振って喚いてるのを見ながら…
 リズィは思考を巡らせていた。

”まず間違いなく、アイツ等はツヴァイ達に殺られたのだろうな……1時間……
これだけ待っても連絡がねぇんだ……ってことは、だ。そろそろツヴァイ達は…”

 行動を起こし始める、もしくは行動を起こしている。
 ともすればとっくに逃げ出してるかもしれなかった。
 馬鹿でもない限りは、わざわざこの道を進んでくるとは思えない。
 裏道こそ無いがこれだけの荒れ地だ、上手くしたら歩いてでも逃げられる。

”だがもし、斥侯にやったアイツ等が自分からふっかけていたとしたら……”

 こっちにある程度の数が控えていると看破されたかもしれない。
 そして、もしかしたらと言う確立でしかないが…
 こっちの面子を皆殺しに来るかもしれない。
 この後の追跡を完全に絶つ為に。

 何よりも、リズィは確信めいた物が有った。

”ツヴァイと言う男が、降りかかる火の粉を払わないで過すとは思えねぇ”

 長いとはいえなくとも、短くもない付き合いだ。
 そこそこツヴァイの事は知っているつもりだった。
 自分の出来うる範囲の事は、全力で行う。
 ツヴァイはそういう男だとリズィは思っていた。
 何より初代ファントム……アインと言う戦力も有る。
 あの2人が組んで、この程度の兵隊を全滅出来ない訳が無い。

”この程度か……30人を捕まえて言う台詞じゃねぇな。本当なら…”

 だがファントム2人が相手なら、戦力に成らない可能性が高い。
 全滅するかもしれない…

「……くそ」
「は? リズィさん、何か…?」
「何でもねぇ。さっさと備えてろ」
「は、はぁ……」

 苛立つリズィに気おされるように男が下がった、その時。

「ん……? なんだ、ありゃ」
「けむり…砂煙じゃねぇか? 車か?」
「姐さん、何かきますぜ?」

 工場が有る方から、何かがやってくる。
 かなりのスピードなのだろうか……
 もうもうと砂煙が舞って、男達には方向が上手く捉えられない。
 口々に騒いでる部下達の側に、リズィがやってくる。

”……来たか、ツヴァイ……”

 心の中で呟き、身近な部下に声を掛けた。

「……おい、車の型は分かるか?」
「え? いえ……ちょっと遠くて……」
「色でも良い。何色だ? アイツ等の乗っていた車か?」
「……違います。アイツ等の車じゃないですっ」
「……そうか」

 悲鳴のような男の答に、リズィはただ静かに返すだけだった。

 はぁ…………

”やるしか……ねえなぁ…………”

 深い――本当に深いため息を一つ吐いてから、リズィは声を張上げて言った。

「良いか、もうすぐここにツヴァ…ファントム達がやってくるっ。気合いを入れ
てないと皆殺しにされるぞっ!」

 ある意味脅しに近いリズィの呼び掛け。
 もっとも、リズィ自身は脅してるつもりは無かった。
 むしろ控えめだったといっていいかもしれないくらいだ。
 そんなリズィの声に、何人かの男達が息をのみ、別の何人かがおどけた様な声
を上げた。

「へっ! 大丈夫ですよ、返り討ちですって」
「こんだけの数がいるんですよ? 幾らだれでも…」
「無駄口はいい。そういう奴から死んでいくぞ?」
「へいへい。わかりましたよ」

 絶対に分かっていない風に返事をする部下達。
 だがそんな彼等をいちいち叱責している暇が無い。
 仕方が無いから…と言う風に、リズィは怒りだけ顔に出して後を続けた。

「ち……まあい。死んでも自分のせいだからな。それとだっ。
あたしが良いというまで撃つんじゃねえぞっ」
「え? なんでです?」
「……なんでもだ。もし撃ったら――
 そいつをあたしが殺してやる……」

 凄みを利かせたリズィの声に、屈強な男達も思わず息を呑んでしまう。

「わ、わかりましたって」
「ふん……無駄話は、もう終わりみたいだ……来るぞ」

 言いながら顎をしゃくった先で。
 問題の車が減速し始め…
 リズィ達から20m程度離れた位置に、其の車は止まった。



 AM9:10
 玲二達の車の中

 車が道を塞ぎ、何人もの男達が銃を手に持って待ち構えている。
 真ん中には体格の良い黒人女性……言うまでもない、リズィがいる。
 行く手は、ほぼ完全に塞がれている訳だ。

「……エレン。君は車の中にいろ」
「っ! 外に出るのは危険よ、このまま車で突破を…」
「いや……そうも行かないさ……」

”リズィには、言わなきゃいけない事も残ってる……”

 後半は心の中だけで呟き。
 彼女を安心させるように笑顔を見せた時…

「ツヴァイッ! 乗ってるんだろ? 出てきやがれっ!!」

 20mの距離と車越しでさえ通るほどの音量で、リズィが叫んできた。

「リズィもああ言ってる。俺は、応えなきゃいけない」
「でもっ……」

 食い下がるエレンに対し、俺はゆっくりと首を振ってみせた。

「約束するよ……絶対死なないから。だから、エレンは俺のバックアップをして
くれないか?」
「っ……」

 分かってて言ってる意地の悪い問いかけだ。
 銃の撃てないエレンにこういうのは、どれほどまでに非情だろうか。
 だか、こうでも言わないとエレンは俺を開放してくれそうにはない。

「……分かったわ……」

 まるで泣きそうな表情を見せながら、エレンは折れた。

「ん……大丈夫さ」

 ぽんと頭に手を置いて、そっと撫でる。

「じゃあ、行ってくる……守ってくれな?」
「……うん」

 か細いエレンの声を聞いて…俺はドアの外へ立った。
 そして、俺は後ろの席から”ある物”を取り出した。

 ドアのそと…とは言っても、ドア越しである。
 流石に全身を晒す訳には行かない。
 いきなり撃たれては流石にどうしようもないからだ。

 そんな俺を見咎めてから、リズィが声を上げてきた。

「……久しぶりだな、ツヴァイッ」
「――ああ、久しぶりだなリズィ。かれこれ2年ぶりか?」
「2年と半分ぐらいだ。もっとも、あんたが日本にいた頃近くにいたんだがな」

 皮肉げな声を上げるリズィ。
 其の裏に含まれる事が分かる俺は、かなしげな笑みを漏らす。
 そんな俺を察してか、リズィが後を続け始めた。

「……まあ、そんな事はどうでも良い……取りあえず、だ」

 一旦区切り、リズィは大きく息を呑んだ。

「ツヴァイ、そしてアインッ。悪い事はいわねぇ、大人しく投降しろ……」

 ある意味予想できたリズィの台詞だ。

「あたしとアンタ達の仲だ。しらねぇ仲じゃない。インフェルノの方も、捉える
か殺すかってぇ指示だ。捕まえても問題ない。アンタ達の命はあたしが保証する。
だから悪い事はいわねえから、投降してくれ。こっちも無駄に死人は出したくね
ぇからよ」

 決まり文句とも取れるリズィの口上。
 お決まりとはいえ、容赦なく撃ってこない当りは、リズィの本心でも有るんだ
ろう。
 それにある意味で、極めて特異なレベルでは、有りがたい申し出かもしれない。
 少なくとも、命の保証だけはされるのだから。

”だが……”

「その後はどうなるんだい?」
「……」
「大人しく捕まるのは良い。命が保証されるのも良い。だがその後はどうなる?」

 捉えると同時に出された指示が、殺しても構わないと言う事だ。
 考えるまでも無く予想は付く。

「捕まったあとは……インフェルノ幹部の手で公開処刑か? それとも……
 また、暗殺者としての人生が待ってるのか?」
「…………」

 応えられずに押し黙ってしまうリズィ。
 どっちに転ぶにしろ、俺達にとって益はない。

 だから――リズィには悪いが――答は決っていた。

「悪いが、お断りだ……俺は、エレンと共に”人”として生きる。
 もう暗殺者になる事はない。
 そして……殺されもしない」

 きっぱりと言い切る俺の顔を……リズィは何処か諦めたように見返してくる。
 彼女自身、俺の答は分かってたんだろう。
 だからため息なんか吐くんだろう。

「そうか……仕方ねぇな……」

 そういって、さっとリズィが手を挙げる。

 ガチャチャッ!

 それに呼応して、周りに控えた男達が一斉に銃を構えた。

「あんたがそう決めたなら……もう何も言わない」
「…………」

 きゅと眼をつぶり…………一呼吸おくリズィ。
 その間に、”俺は後ろ手”である物を操っていた。

「あばよ、ツヴァ……」

 イ、とリズィが言う前に。
 俺は後ろ手に持っていた物――ハンドバズーカを肩にかずいて。

「あばよ、リズィっ!!」

 スイッチを押した。



 AM9:13

 イ、と言おうとしたリズィは、おもわず目を見開いて固まってしまった。
 同時に、攻撃を仕掛けようとした男達もタイミングを外してしまった。

”ヤバイッ!!”

 リズィがそう思った瞬間。

 ボシュッ!

 くぐもった音とともに、バズーカが自分達の方に発射される。
 白煙を引きながら弾丸が迫り来る。

”ツヴァイ、やってくれるよなぁっ!!”

 引き攣った顔に、何故か笑みを浮かべながら、リズィは叫んだ。

「全員伏せろぉっ!!」

 自分も地面に伏せるのと殆ど同時に。

 ドッグアァァァァッ!!

 バリゲート代わりにしていた車の一台が、炎に包まれた。

「「うわぁぁぁっ!」」

 巻き起こる炎に巻かれ、何人かの悲鳴が上がる。
 そしてほぼ同時に、周りの車までが誘爆を起こして炎上した。

「がぁっ! あちぃっ! ちくしょぉっ!!」
「撃て、撃ちまくれぇっ!!」
「殺せぇっ!!」

 思い思いに叫びながら、全く出鱈目に銃撃を開始する男達。
 爆炎と砂埃のせいで当の標的を見失っているのだが、パニックと一種の恐怖で
そんなことも分からなくなっている。
 明らかに彼等の行動は間違っていた。
 何故なら、それは見えない相手に位置を教えてしまうからだ。

 バババババッ!!

「ぎゃっ!」
「な、何……がふっ!」

 巻き起こる白煙越しにマシンガンの連続音が響く。
 間髪入れず、白煙を切り裂くように一つの影が躍り込んできた。

 ババババッ!!

 再び響くマシンガンの音。
 激しいマズルフラッシュとともに、無数の弾丸が当たりにばら撒かれる。
 其の銃弾を浴び、固まっていた男2人がくずおちた。

「……っっ!!」

 銃弾と絶叫と怒号の中を、声を押し殺して疾風の如く駆け抜ける青年。
 言うまでもなくツヴァイ……玲二だ。

「こ、殺せ、撃ち殺せぇっ!」
「やろぉっぁっ!」

 逆上した男達は玲二を挟んでショットガンを放とうとする。
 が、玲二の身のこなしに付いていけず、彼が過ぎた後にトリガーを引いてしま
った。 

「ば、ばか俺はみっ!」
「うぁっ!」

 ドンッ!!

「ぐふぇっ!」
「がぁぅっ!」

 先手を取られた男達は、玲二に翻弄されるばかりだった。



 AM9:36
 戦闘が始まって、約13分

 チュィンッ!

 銃丸が耳をかすめて飛び去る。
 生きた心地がしない。
 疲れで体が重く、頭も霞がかってきた。
 だがいちいちそんな事に気を取られている暇はない。
 一瞬でも恐怖を感じたら死が待っているからだ。

「はぁ、はぁ……後、どれだけだっ?」

 だから逆に、俺は当たりに恐怖を振りまいていた。
 自らの命を、そしてそれより大事なエレンを脅かす者達を滅ぼす為に。

「いたぞ、こっちだっ!」
「ちっ……ふっ!!」

 一息ついていた時にまた攻撃された。
 俺は気力を振り絞ってそれに応戦する。

 バババッ!!

「ぎゃふっ!」
「ぐぁっ!」

 断末魔の叫びを上げ、また2人の男が死んだ。
 本当にあと何人いるんだ?

 バババ……カキッ!

 不意に破裂音が途絶える。
 トリガーを引き直しても手応えは無し。
 マシンガンの弾が切れた。
 代えの弾倉はもう無い。
 そもそも、弾薬の後がそろそろ無い。

”ちっ!”

 俺はすぐさま車の陰に潜み、マシンガンを投げ捨てジャケットの中から未だ弾
の残っているショットガンを取り出そうとする。
 しかし大きくかさばる所為で上手く取り出せない。
 不意に生じた大きな隙に、思わず背中に冷や汗が浮かんだ。
 其の一瞬…

 ジャリ!

 散乱する薬莢を踏みしめ、一人の敵が正面に回り込んできた。

「っ! こんなところにっ!!」

 大きく膨らむ死の予感…いや、確信。
 奇しくも、相手もショットガンを持っていた。
 しかしこっちは未だ構えてすらいない。

 ドクンッ!

 体温が上昇し、身の毛がよだつ。
 多分、俺の瞳は驚愕に見開かれてるんだろう。

 ゆっくり……ゆっくりとした動作で男が銃を構える。
 いや逆だ。
 俺の思考と感覚が引き伸ばされているのだ。
 目で見えるものの全てがスローに見え、色も褪せ、音も香いも感じなくなる。
 大きく口を開けた44口径の奥に、黒光りする物が見えた気がした。

「し――」

 俺は其の全てを見て、感じて…それでも、生き残るチャンスに縋る為、最大限
に身を捩った。
 だがどれだけ身を捩っても、簡単にはショットガンの射程から逃れられない。
 感覚が引き伸ばされたこの状態で、実際に体がどれだけ動いたのだろうか。

「――ねぇぇっ!」

 遠くに聞こえる男の声。
 手柄を取れる事への”愉悦”でも”歓喜”でもない、”恐怖”に刈られた声が
脳裏に響く。 

”くっ……殺られるっ!!”

 死を覚悟した其の瞬間。

 パァンッ!

 まるで風船が割れるような音を立てて、男の頭がはじけとんだ。



 AM9:37
 エレン達が乗り付けてきた、ゴルフの横

 パァンッ!

 銃弾は素っ気無い音を立てて目標に当たった。
 そして其の役目どうりに、男の頭を撃ち貫いた。

 撃てた。
 自分で思っていたより、トリガーは軽かった。
 狙いは、正確だった。
 自分が放った銃弾で、人が死んだ。

「っ!!」

 喉の奥で叫び声がでそうになる。
 だがエレンは、それを飲み込む。
 今ここで声を上げれば、またさっきの様に固まってしまう。
 そんな事は出来ない。
 そうなればバックアップを失う玲二はまた……

「エレンッ!!」

 そう思った瞬間、玲二の声が聞こえる。
 素早く視線を向けると……玲二と、そんな彼を狙う男の姿を捉えた。

”させないっ!!”

 考えるより早く身体が反応。
 玲二を狙う男に素早く照準を合わせアサルトライフルのトリガーを引いた。
 3バーストに合わせたライフルが、狙いに向けて正確に3発、銃弾を吐き出す。
 以前とは違う、明らかな殺意の篭った銃の手応え。
 死を意識させる、狂気の咆哮が身を貫いた。
 横腹、肩、そして頭に三発くらい、きりもみしながら倒れる男の様(さま)。

 悲鳴を上げる暇も無く上げずに男は倒れ…
 代わりに、エレンは涙を流していた。

”痛い……自分が撃たれてるよう……玲二は……いつもこんな感じを……今も、
この痛みを味わっているの?”

 眼を逸らしたい……でも身体が許さない。
 涙を払いたい……でも、手は動かない。
 涙で陰る視界は、それでもハッキリと敵を捉えた。
 一度取り戻した暗殺者の勘は、彼女を死線から遠ざけるように行動させた。

 玲二の周りにいる手近な男達に向け、トリガーを引き絞る。
 血が舞い、倒れる、崩れ落ちる男達。
 鼻孔を焦がす硝煙の香い。
 重い銃の反動。
 以前と同じ……彼のバックアップ。
 だが、エレンの心の中は全く違っていた。

”玲二……玲二っ!”

 彼の為。
 今さっき、殺され掛けた彼を救う為。
 今現在、死地に真っ只中にいる彼を助ける為。
 エレンは其の為にトリガーを引いた。

 ふたたび、自分の手を血で染めた。

「ぎゃぁっ!」

 また別の人間の悲鳴が上がった。
 遠く離れているはずなのに、何故かはっきりとその悲鳴が耳に届く。
 自らの銃で命を終わらせた、男の断末魔。

 其の痛み……人を殺すという痛み。
 自分の奪った命の重みを、エレンは感じていた。
 身を切り裂かれるのと同等の、心の痛み。
 ついさっき味わった死の恐怖に優る、魂の絶叫。
 ガラスのように脆くなっていたエレンの心は、砕けそうになっていた。

”……でも。私は……”

 ギィンッ!

 隠れているゴルフに銃弾が浴びせられる。
 バックアップを阻止する為、何人かエレンの方に向ってくるようだ。
 だが、直線でやってくる男達――3人――は、格好の的だった。

「っ!」

 指先でスイッチを切り替え、3バーストからフルオートにチェンジ。
 間髪入れずに、トリガーを引き絞りながら横薙ぎに掃射を行う。

 ドドドドドッ!!!

「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
「あがっ!」

 悲鳴を上げてのた打ち回る男達。
 そんな彼等に、エレンは非常に止めを刺した。
 心の悲鳴が一層大きくなる。

”怖い、苦しい……逃げたい……でも……でもっ!!”

 だが、エレンの心は砕けなかった。
 ひび割れ、重さに屈し、涙を流しても……
 エレンの心は砕け無かった。

”私はっ……玲二と歩くっ!”

「玲二っ!!」

 叫びながら空になった弾倉を破棄し、新しい弾倉を叩き込む。
 同時に、車の陰から飛び出して玲二のバックアップに向った。
 フルオートなままの銃を出鱈目に撃ちながら、玲二の元へと駆け寄る。

 心の痛みは酷くなる。
 体が重くなる。
 でも、心の何処かでは安堵する感覚が有った。
 殺す事に対してではない。
 玲二と、同じ位置に立つ事が出来た事が、何処か嬉しかった。

「エレンッ!」

 エレンの耳に玲二の声が聞こえる。
 この心の痛みは、玲二が感じているものと同じなのだろう。
 この重さは、玲二が背負ってきた重さなのだろう。
 そう考えると……そう思うと。
 ひび割れた心は、硬く、強くなった。
 玲二との繋がりを感じる事で、エレンのひび割れた心は砕けない強さを保って
いた。

”玲二が私の為に人を殺めるなら……私も、玲二の為に人を殺めるっ!
 苦しくても……玲二と共に歩めるなら、私は耐えてみせるっ!”

「玲二っ!!」

 血を吐くような叫びと、止めど無く流れる涙を振り乱しつつ。
 黒い少女は、再び死の舞台へと舞い戻ったのだった。



 AM9:37
 エレンの狙撃と、ほぼ同時刻

 目の前で俺を狙っていた男が倒された。
 ハンドガンやショットガンの流れ弾ではない、アーマーライト弾による銃創。
 つまり、アサルトライフルによる射撃…しかも、シングルヒットの狙撃。
 言うまでもなく、そして、言いたく無いが……エレンの仕業だ。

 エレンが再び銃を取った。
 急な助けに対する感謝よりも、その事に驚愕してしまう。
 エレンが再び人を殺めてしまった事実が俺の背筋を寒くした。

「エレンッ!!」

 思わず叫んで彼女の方を向いてしまう。
 再び生じる致命的な隙。
 心の何処かでは、横手の敵がこっちに向けて銃を構えるのを認識する。
 はっと思い、精神がそれに追いつく。
 撃たれる、そう思って足掻くように身体をかがめようとした時。
 さっきと同じ様に男が銃撃を受けてきりもみしながらすっ飛んでいった。

 的確に急所を捉える、ほれぼれするほどに正確な射撃。
 間違いなく、エレンは昔のようにやれていた。

 でも……エレンは泣いていた。
 涙を流していた。
 辛そうな表情が見て取れる。
 心の中まで透けて見えそうだった。

「死ねぇっ!!」
「っ!?」

 気を抜いた瞬間にまた一人、命を狙う物がやってきた。

 ギャゥッ! ギィン!!

 反射的に手近な車の陰に隠れ難を逃れる。
 けたたましい音を上げて銃撃が車を引き裂いてゆく。
 俺はお返しとばかりにショットガンの頭だけ陰から出して撃ちまくった。

 バンッバンッ!!

「ぎゃぁ!」

 手応えと同時に上がる、男の悲鳴。
 すぐさま俺は陰から飛び出しエレンを捜した。

「玲二っ!」

 視線を巡らせるより早く彼女の声が聞こえた。
 悲痛な叫び声だ。
 まるで泣いているよう……いや、彼女は泣いてるんだった。
 でも、アサルトライフルを掃射している。
 彼女は、自分の意志で銃を持ち……人を殺している。

”――それが、君の答なんだね――”

 言いたい事はあった。
 有り過ぎた。
 でも……彼女がそう決めたのなら。
 彼女が、俺と同じ様にしたいというなら……もう止めないで置こう。

「エレンッ!」

 実際のところ、エレンを戦力として期待できるならこれに増した事はない。
 2人の生き残る確立は、一気に上がるのだ。
 少なくとも……今は2人ともが生き残る事だけに集中しなければっ。

「玲二っ!!」

 彼女と共にこの死地から脱する為…
 駆け寄ってくるエレンの側に、俺は走っていった。




 AM9:39
 渦中より少し離れた位置に

 計算違いだと言えば、嘘になる。
 当初の予測どうりの結果が、今ここで起っているだけだ。
 ただ、さっきまで沈黙していたアインが動き出したのは、少し動揺している。

”だが……それも程度問題さね”

 傷ついた腕を支えながら、リズィは車の陰に潜んでいた。

「ぎあっ!」

 また一つ悲鳴が上がる。
 部下の誰かが死んだのだろう。
 そんな風に割り切れてしまえる自分が、何処か空恐ろしかった。

”昔のあたしは……こんな簡単に部下の死を諦められたか?”

 違ったと思う。
 少なくとも、キャルが生きていた頃は絶対に違った。
 部下への被害を…死をなるべく避けようとしていたはずだ。
 だが……

”今のあたしはどうだ? 平気で見捨ててやがる……”

「……へっ……」

 自虐的な笑みがリズィの口元に浮かぶ。
 諦めた風ともとれるだろうか。

「げふぁっ!」

 また一人、くぐもった声で男が倒れる。
 リズィのすぐ側で…絶命した。

「――結局あたしは……自分の死に場所を探してただけなのかもな……」

”そして、それに部下を巻き込んだ……”

 あながち……間違ってない。
 心の底からそれを肯定した。
 自分はきっと、死に場所を捜してたんだろうと。
 それに部下を巻き込んだと言う事は、あまりに非道な仕打ちだったのだろうか。

「へっ……へへっ……っつ!」

 肩を揺すったショックで傷が痛んだ。
 実際のところ……この傷はファントムに付けられた訳じゃない。
 最初の銃撃戦で部下が出鱈目に撃った弾の跳弾が当たったのだ。
 運の無さと部下の馬鹿さ加減にほとほと呆れたが、利き腕じゃなかったのと、
骨には異常無さそうなのが不幸中の幸いだろうか。

「……あとどのくらい生き残ってるのかねぇ……」

 銃撃はだんだんと疎らになって来ている。
 もう殆ど生き残っちゃいないのだろう。
 其の内自分も止めを刺されるのだろうか。

”でも……あたしには未だやる事が残っている”

 ある意味……其れは意地だった。
 いや、義務だろうか。
 死ぬ前にどうしても確かめておかなければならない事が有る。
 俺を聞くまで……それを確かめる間で、死ぬ訳には行かない。
 聞く相手は、死ぬ事はないだろうから心配してないが…

「く……まさか、本当に死んでないだろうな……」

”だとしたらあたしゃただの間抜けだ……”

 そんな事を思いながら…
 痛む体を押して、リズィは最後の戦場へと戻った。




 AM10:00

 一体どのくらいの時間が過ぎただろうか。
 一体どれだけの敵を撃っただろうか。
 時計を見れば分かるし、実際にはさほど経ってないのかもしれないが…
 肩で息をしながら、俺は背中合わせのエレンと辺りを探っていた。

”――丸一日、やりあったみたいだ――”

 疲労困憊とはこの事だろうか。
 精神も肉体もボロボロに傷ついている。
 それはエレンも俺もだ…
 俺はラストウエポンとして愛用のパイソンを、エレンはガヴァメントを手にし
ていた。
 弾は全開にはなっているが…
 どちらも装填されている分で最後、もう予備弾はない。

「もぅ、動く奴は……いない……か?」
「……分からない……敵の正確な数が……分からなかった……から」

 流石のエレンも肩で息をしている。
 涙に濡れていた顔は痕が残って真っ赤だが、もう泣いてはいない様子だった。
 対して俺は何発かの銃弾を食らっていた。
 あの銃撃の中を突っ走っていたのだから仕方ないのだが。
 もっとも致命傷は一発も無く、殆どがかすった物だが…
 正直、落ち着くと痛みを意識して立っていられないほどだ。

 敵は全て沈黙…
 そう考えて良いのだろうか?
 俺達は、この死地から抜け出せたのか?

「……ふぅ……」

 そう思ったら、ついため息がでてしまった。
 その瞬間。

 チキ……

「っ!!」
「!?」

 何処からか響く金属音。
 聞き間違える事はない、撃鉄を起こす音だ。
 殆ど反射的に俺とエレンが身を伏せる。

 ドギュッ!

 其の頭の上に銃弾が飛び過ぎた。

「エレン隠れろっ!!」
「玲二っ! だめっ! あなた怪我を…」
「君も同じだ、早くっ!」

 俺は突き飛ばすようにエレンを近くの車の陰へと押しやり、自分は別の車の陰
に潜んだ。

”何処だっ……敵の姿が確認出来ない…”

 迂闊、未だ生き残りがいたっ!
 そう思った瞬間、横手で何かが動いた。
 車を盾にしながら、こっちに近づいてるっ。

”っっ!!”

 反射的に其の影に向って発砲する。

 ドギュ、ドギュンッ!

 しかし其の陰も車の陰に巧みにかくて難を逃れる。
 そして逆に打ち返してきた。

 ギャゥッ! ギュィンッ!

 激しい金属音とともに弾が車に食い込む。
 発砲音と着弾の方向から、敵はすぐ近くにいる事が分かる。

 そして静寂が訪れた。

「……」

 息を殺し、視界も塞いで気配を探る…
 落ち着け、落ち着け…
 相手より先に、相手を倒す。
 その為に全力で探れっ。

 チャリ…

「っ!!」

 ドゥッ!

 小さく響いた音に反応し、反射的に銃を放つ。
 しかし手応えが無い。
 避けられた。
 相手の方は迂闊には撃ってこないらしく、再び沈黙してしまった。

”このまま隠れつづけるのは危険……だったらっ!”

 俺は勢い良く飛び出して、相手を誘った。
 すると、相手の方も陰から飛び出してきた。

「うっ!?」
「くっ!?」

 お互い鉢合わせるように成って、反射的に銃を構える。
 其の距離は……互いの銃口が額に触れんばかりだった。
 撃てば、相手を殺せる。
 互いにそんな状況に成ったが…
 どっちも、トリガーを引けなかった。

「……」
「――」

 何故なら、互いに見知った顔だったからだ。
 浅黒い身体と、俺より少し高い体躯。
 角刈りの髪の毛の……

「……よぉ、久しぶりだな、ツヴァイ……」
「……あぁ、2年ぶり……くらいか?」

 リズィだった。



 AM10:05


 玲二がコルトバイソンをリズィの額へと向けている。
 リズィもを玲二の頭へと向けている。
 トリガーを引けば……どちらかが死ぬ。
 いや、下手をしたら2人ともが。

「れっ……」

 危うい状況に成った2人を止めようと思わずエレンは飛び出してしまう。
 しかし玲二の名を呼ぼうとしたが、声がでない。
 圧縮された何か……殺気でも怒気でもない何かが、この場を固めている。
 エレンはその空気に圧倒されてしまった。

 じっと2人が睨み合っていた時、不意に玲二が口を開いた。
 もちろん視線はリズィに、銃も微動堕にさせずにだ。

「エレン……下がってて」
「っ! でも玲二……」
「良いから……俺は……リズィに用が有るから」
「アイン……大人しく聞いておいた方が良いぜ。そうじゃねぇと、ツヴァイと話
ができねぇ」
「っ……」
「エレン……お願い」

 お願い……という言葉を使われて…
 エレンは、根負けしたようにあとじさった。

”この状況……何処かで見た事がある…”

 額に汗を浮かべながら…なんとなく、エレンはそう思った。
 あの時は自分とドライ――キャルが似たように銃を付き合わせていた。
 一触即発……
 撃つか――撃たれるか。

”玲二が……撃たれる……?”

 あの教会の時は、玲二が止めてくれた。
 だが、今はエレンには止められない。
 多分、キャルがいても止められないだろう。
 そういう物を越えた何かが、2人の間には有った。
 それを感じたエレンは……動けなかった。

 其の侭……5分も過ぎただろうか。

「……なぁ、ツヴァイ……聞きたい事が有るんだが……」
「――なんだ? リズィ……」

 何気なく……本当に何気ない風で、リズィが尋ねる。
 まるで昔どうりのような気さくな雰囲気で。

「……キャルは……幸せだったか?」
「…………」
「キャルは…………アンタの手に掛って、幸せだったか?」

 ある意味唐突な、リズィの問い。
 だが……玲二は何処かでそう聞かれるのを分かっていたようだった。
 ふっと……表情をさみしげに陰らせてから、彼は口を開いた。

「――あぁ……キャルは……幸せそうな顔で死んだよ……
 俺の、腕の中で……俺の手に掛って」
「……そうか……」

 安堵……そして寂寥感。
 そんな色が混じったため息が、リズィの口から零れた。

 フュヒュゥ……

 一陣のが通る。
 その風が過ぎてから…リズィ呟いた。

「……すまなかったな……ほんとは、あたしがやる仕事だったのになぁ……」
「そんなこと……無いさ。俺の、背負わなきゃ行けない物だ……」
「……そうか?」
「あぁ……キャルを……こんな世界に巻き込んじまった俺の責任だ……」
「……」
「だから……キャルの命は、俺が背負うべきだよ」
「……そうか……」
「――そうさ――」

 フヒュゥ――

 再び、砂を含んだ風が3人の間を過ぎ去っていった。
 其の風にエレンは顔をしかめるが…
 他の2人は、じっと互いの顔を見詰めつづけていた。

 長い……長い時間が過ぎ…
 リズィがそっと呟いた。

「……ツヴァイ……」
「……なんだ?」
「――ありがとよ――」
「……なに、こっちこそ。キャルを守ってくれて、ありがとうな……」
「へ……」
「ふふっ……」

 ふっと……リズィが笑みを漏らした。
 同じ様に玲二も笑みを零した。
 まるで2人の目の前は――あの、無垢だった頃のキャルがいるかのようだった。

 一通り笑みを交わしてから…
 もう一度、ふっと微笑んで、リズィが言った。
 そして、それに答えるように玲二も笑った。

「じゃぁな、ツヴァイ……」
「あぁ……じゃあな、リズィ……」

 カキッ……
 キチッ……

 互いの額に向けた銃が、軋んだ金属音を立てる。
 そして……

 ドオォン……

 銃声が、一発だけ広野に響いた。

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